日本企業が誤解している“単なるデジタル化”とDXの大きな違い 突破口となる「横をつなぐ人」に必要な力
第2回:改善はできても「改革」ができないJTCは何が問題なのか?

多くの日本企業、特にいわゆるJTC(Japanese Traditional Company)では、DXが掛け声倒れに終わるケースが少なくありません。JTCは技術的な難しさでDXにつまづいているのではなく、非技術的なことで課題を抱えていることがほとんど。連載「住友生命 岸和良の“JTC型DX”指南書」では、住友生命でITプロジェクトのリーダーを務め、社内外でDX人材育成に携わる岸和良(以下、筆者)が、JTCのDXを阻む要因を紐解き、真の意味で変革を遂げるための具体的な方法を解説していきます。連載第2回となる本記事では、多くのJTCが誤解している“単なるデジタル化”とDXの違いを紐解き、各フェーズに必要となる具体的な人材像を示します。
意外と知らない「DXとデジタル化の違い」
連載第1回の前回では、JTCにおけるDXの失敗要因として、組織のサイロ化による“横のつながりの弱さ”を取り上げました。サイロ化された組織は、部門を越えた情報共有や連携が乏しいために部分最適にとどまり、全社的な変革に至らないこと、その対策として「横をつなぐ人」が必要であることを説明しました。
▼ 前回の記事はこちら:
横をつなぐ人とは、企業内外の部門や人を連携させる人材を指します。ステークホルダーの利害を調整し、変革を実行に移す“越境型推進者”のことです。社内政治力・外部人脈・現場経験を併せ持ち、新しい取り組みを推進するキーパーソンであることを説明しました。
第2回となる本記事では、JTCがDXを推進する際に、“DX”と“デジタル化”の区別ができていないという問題について考えます。デジタル化には一般的に3つの段階があるとされていますが、この3つの違いを理解せずに取り組みを進めようとした結果、うまくいっていないケースもしばしば見られます。今回はこれらの違いを明確にし、JTCで実践する際の成功ポイントを解説したいと思います。
デジタル化の段階によって異なるスキル
筆者は多くの企業や自治体でDXやイノベーションに関する講演を行ってきましたが、そこで感じるのは「単なるデジタル化」と「DX」の違いが多くの人に理解されていないということ。特にJTCでその傾向は強く、年齢層の高い管理職の中には、若い頃にデジタル化やDXといった概念に触れる機会がなかったため“体感”として理解できず、自分ごとにできていない人が多いのです。
たとえば、「紙の稟議書をPDF化した」「FAXをメールに変えた」などの取り組みをDXだと誤認しているケースがあります。これは「デジタイゼーション」と呼ばれる単なるデジタル化。業務プロセスやビジネスプロセスが変革されていないものをDXとは呼びません。こうした認識の違いが、現場との認識のズレや変革への抵抗感を生み、DX推進の足かせになってしまうのです。
変革をともなうDXを進めるためには、まずはデジタル化の3段階の違いを理解する必要があります。この3つは一般的に知られている内容ですので、「今さら」と思う方もいるかもしれませんが、JTCでこの違いを正しく理解できている人は意外と少ないのです。改めて、ここでしっかり理解していただきたいと思います。
1. デジタイゼーション
デジタイゼーションは、アナログ情報をデジタルに変換する取り組み。紙の契約書をPDFにする、FAXをメールに置き換えるといった作業が該当します。デジタル化の一つではあるものの、紙を電子化しても業務の中身が変わらなければ、業務の効率化は限定的になってしまいます。過去には、PDF化された稟議書にハンコを押すためだけにわざわざ印刷し、再度スキャンして電子データに戻して送るという煩雑な業務プロセスが求められていたケースも。一見すると作業時間自体は短くなったかもしれませんが、これでは本質的な業務プロセスの課題が解決されず、業務効率の向上は望めないでしょう。デジタイゼーションの本質的課題は、「情報がデジタルになっても、意思決定や業務設計がそのまま」であることです。
2. デジタライゼーション
次の段階がデジタライゼーションです。これは業務プロセスそのものをデジタル化し、業務効率や顧客体験を改善しようとする取り組み。RPA(ロボティックスプロセスオートメーション)の導入やCRM(顧客情報管理)、勤怠管理システムのクラウド化など、JTCでも積極的に取り組まれている領域です。
この段階では、しばしば縦割り組織の弊害が起こります。業務ごとの効率化はできるものの、各部門が異なるツールを採用して、それぞれで開発システムベンダーとの関係や操作教育を独自に進めてしまい、データも全社で共有できないといった事態になりかねません。その結果、利用する顧客や社員の利便性、操作の一貫性が失われ、部分最適でしかないデジタル化をもたらすことになります。データも散在し、経営判断のための全社的データ統合が実現できないという課題も生じます。
3. デジタルトランスフォーメーション(DX)
3つ目の段階がDXです。これは単に業務をデジタルに置き換えることではなく、ビジネスモデルそのもの、組織における意思決定の構造、価値の提供方法を再構成する取り組みを指します。つまり、“会社の在り方”を根本から問い直して変革する覚悟が必要。DXで必要なことは「将来を起点に現在を設計する力」です。過去の成功体験ではなく、将来時点のまだ見ぬ顧客の課題、社会の変化を先取りし、新たな価値を提案する。こうした将来志向を持てるかどうかが、DXを成功させる要素になります。

出典:「DXに関する経済産業省の施策紹介」(2023年3月、近畿経済産業局 地域経済部次世代産業・情報政策課)、3ページより
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これら3つのデジタル化において、必要となる資質や知識はそれぞれ異なります。最初に自社が何をすべきか、これから何をしようとしているのかをよく理解することが必要でしょう。そしてここからは、それぞれのデジタル化を成功させるために必要な要素について解説していきます。
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岸 和良(キシ カズヨシ)
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサー デジタル&データ本部 事務局長住友生命に入社後、生命保険事業に従事しながらオープンイノベーションの一環として週末に教育研究、プロボノ活動、執筆、講演、趣味の野菜作りを行う。2016年から...
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