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パナソニック コネクトCEOの樋口氏は、なぜ“古巣”に出戻ったのか?──再起にかけた危機感

社員から「まるで別の会社になった」との声。覚醒の仕掛けとは

 2022年4月、持株会社制に移行したパナソニックグループ。それにともない、コネクティッドソリューションズ社のB2Bソリューション事業を引き継ぐ形で新設されたのが「パナソニック コネクト」です。今回紹介するのは、そんな同社の社長で、窮地だったパナソニックの再生に貢献した樋口泰行氏による『パナソニック覚醒 愛着心と危機感が生む変革のマネジメント』(日経BP)。同氏はどのように、パナソニックを“覚醒”させたのでしょうか。一緒に見ていきましょう。

新卒で松下電器に入社。31歳でキャリアの転機

 2017年4月、著者の樋口氏はパナソニックに“2度目”の入社をしました。というのも、同氏は元々1980年に同社の前身である松下電器産業に新卒入社したものの、一度離れているからです。年功序列が崩壊し、転職が増えてきているとはいえ、日本の大企業で退職した人が幹部クラスで“出戻り”するのは異例と言えるでしょう。では、なぜ樋口氏が古巣に戻ることになったのか、それは同氏が歩んできたキャリアにありました。

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 新卒で配属されたのは溶接機事業部で、キャリアの転換期となったのは31歳のこと。社内の留学制度に合格し、米ハーバード・ビジネス・スクールに2年間通うことになったのです。

 「自分を主張しないといけない」と振り返るほどの刺激ある環境で過ごしたことで、人格にも変化が。元々はおとなしい性格だったそうですが、留学をきっかけに「かなり尖っていた」と振り返るほどに。帰国後の会議で意見が出ないことにイライラしたり、“昔気質”の上司のもとに配属されたりで、「もっと暴れたい」という気持ちが大きくなっていたと言います。結局、34歳で退職し、ボストンコンサルティンググループに転じました。

 その後、アップルコンピュータやコンパックコンピュータ、日本ヒューレット・パッカードの執行役員や同社長に就任。所属は外資企業であっても、顧客は日本企業なので、自身の仕事のスタイルは「日本流と外資流のハイブリット」だと表現しています。

 長年、外資のコンシューマーパソコン企業を渡り歩いてきた樋口氏ですが、47歳のとき、産業再生機構からのオファーで、当時のダイエーの社長に就任。樋口氏は「このダイエー時代は本当に苦しかった」と振り返っています。総合スーパーというフォーマットを作り上げ、小売り日本一にもなったことがあるダイエーですが、ビジネスモデルを時代の変化に合わせることができず度重なるリストラが行われていました。「想像をはるかに超える現場の疲弊ぶり」だったと言います。数々の施策からようやく業績が上向いてきたところで、オファー元の産業再生機構が保有株を売却。自身の役目を果たしたとして、同社を離れることを決断しました。

 次の舞台として、60を超えるオファーの中から選んだのは日本マイクロソフト。同社には10年間在籍し、代表執行役社長や代表執行役会長を歴任し、グローバル企業がいかに厳しい戦いをしているのかを知ったそうです。

 その過程で次第に芽生えてきた、日本企業への思い。「外資系企業で頑張るほど、結果的に日本企業を追い詰めていた」と振り返ります。そのころ、当時パナソニックの社長だった津賀一宏氏から「古巣であるパナソニックに戻ってきてほしい」という誘いを受けたのです。2017年に創業100年を迎えたパナソニックですが、アジア諸国の企業から激しく追い上げられており、津賀氏には「もっとパナソニックは変わらなければいけない」という思いがあったのだと言います。社外の単なる劇薬ではなく、同社の文化と親和性がなければうまくいかない。そこで、かつての社員である樋口氏の名前が挙がったのです。

 熱烈なオファーから4ヵ月後、樋口氏は引き受けることを決断。当時のパナソニックの4つのカンパニーの1つ、「コネクテッドソリューションズ」を担当することになりました。

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古巣での初日に感じた“違和感”

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この記事の著者

小山 奨太(編集部)(コヤマ ショウタ)

EnterpriseZine編集部所属。製造小売業の情報システム部門で運用保守、DX推進などを経験。

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