「自分が楽になる」ためのカイゼン
トヨタ自動車が生み出した生産方式である「カイゼン」。問題のある部分を良くしていく「改善」から一歩先を行き、問題の根本部分にある課題などを見つめ直してより生産性を高めていくこの方式は、今や世界中の企業が導入するメジャーな活動の1つだ。しかし、いざ自社でカイゼンをしようにもそれを成功に導くことは難しい。そんな中、自社に適した形でカイゼンを導入し、年間約48,571時間の業務時間削減を成功させたのがANAグループだ。
同グループは、少子高齢化にともなう人材不足の課題を抱えていた。航空業界では技術力や専門知識を求められる業種が多く、人材を育成するためにもたくさんの年月を要する。本書にて、同グループにカイゼンを導入したANAビジネスソリューションの川原洋一氏は、「限られた人員で成長するためには、すべての社員がやりがいをもって仕事ができる環境を整えなければいけない」と語っている。そこで同氏は、“人の気持ちに火をつける”ための戦略としてカイゼンを導入した。

しかし、いざカイゼンを導入してもそれを定着させることは難しい。定着のために、同グループは「カイゼンを『自分が楽になる』ことだけに使ってもらうこと」を意識したという。川原氏は、カイゼンの導入に失敗している企業の特徴に「カイゼンによって社員が生み出した時間を『会社のもの』として考える」ことを挙げる。こういった考え方は、短期的には生産性を向上させられるかもしれないが、社員にとっては「仕事を増やされた」以外の何ものでもなく、長続きしない。そのため、ANAグループは「カイゼンを実行した社員にその成果を還元する」という形でプロジェクトを進めていった。
また、カイゼンを進めていくうえで「おもしろそう」というアイデアからではなく、具体的な課題がある領域からプロジェクトを始めることを意識したと川原氏。たとえば、同グループでは機体の外板の凹みや亀裂を見つけられる画像処理技術を社内でどうにか活用できないかと奮闘したことがある。しかし、現場の社員に聞くと「従来の方法で不具合が出たことはない」という声があがり、そもそも困っている状況ではなかったのだという。
このように、アイデアが先行し現場の課題に寄り添えていないカイゼンは、効果を発揮できない。これから取り組もうとしている活動が、本当に課題を解決できるものなのか把握しながら進めていくことが重要だと同氏は述べる。