スマートキャンプとマネーフォワードは11月13日、「SaaS業界レポート2025」の調査結果を軸にメディア向け勉強会を開催した。
スマートキャンプ 取締役執行役員COO 阿部慎平氏は冒頭、「SaaS is dead(SaaSは終わった)という議論が話題になっているが、依然としてSaaS市場は非常に力強く伸びている」と強調。富士キメラ総研の市場予測を引用し、日本のSaaS市場は2029年度までに3.4兆円規模に達し、年平均で10%前後の成長を続ける見通しを示した。
また、グローバル市場ではさらに成長率が高く、2025年には約3,000億ドルに達すると予測されている。この成長の背景には、「AIの力も使いながら、SaaS企業が引き続き成長していくというところが見て取れる」と阿部氏は分析した。
スマートキャンプが発行しているSaaS業界レポートは、SaaS活用の促進やビジネスの発展を目的として、国内外のSaaS業界の概況についてまとめたもの。2017年の初版から2025年版で9年目を迎え、累計ダウンロード数は3万件を超えている。
1社あたりのSaaS利用数については、1~5個と回答した人は約53%、6~10個と回答した人は約14%となり、およそ67%の組織で「10個以下」のSaaSを利用している結果が示された。また、このSaaS利用数を従業員規模別で見ると、規模が大きくなるほど利用数も増加する傾向が見て取れることを示した。
SaaSの種類を「ホリゾンタルSaaS(業界を問わない汎用的なSaaS)」と「バーティカルSaaS(特定の業界に特化したSaaS)」に分けた場合のSaaSカオスマップ掲載数推移は下図のとおり。2023年からバーティカルSaaSの掲載を開始しており、成熟市場では製品淘汰が進む一方、製品群の拡張や新カテゴリーの成長などから全体として増加が続いているとした。
2025年版レポートでは、「生成AI関連」など下図に示された4つのカテゴリーを新設・拡張したという。特に、2025年を「AIエージェント元年」と位置づけ、10月以降、各SaaS企業によるAIエージェント機能の開発・リリースが本格化していると指摘する。
AIエージェントの最大の特徴は、単なる対話型のアウトプットではなく「自律的にタスクの実行までしてくれる」点にあり、この動きはSaaSの役割にも変化をもたらすという。SaaSはこれまで通り「管理」のコアツールとして機能し続けるが、AIエージェントがフロントエンドのデジタルワーカーとして機能し、SaaS内のデータを活用しながらタスクを自律的に実行するという「レイヤーの分離」が進むと阿部氏は分析する。SaaS企業がAIというレイヤーを手に入れることで「より多くの機能を出していく」との見方を示した。
今後の投資動向について、阿部氏は「純粋なSaaSへの投資よりも『AIネイティブ』な企業、あるいは『SaaS×AI』の領域に投資が集約されていく」という見通しを語った。また、AIエージェントが複数のSaaSと連携しながらタスクを実行する「マルチエージェントシステム」の本格的な普及も、今後の注目領域になると指摘。「SaaSがセキュアな環境を提供する形で進む一方で、一部のベンダーが推進するオープンな連携の動きも注視していく必要がある」とした。
続いて、マネーフォワードi 代表取締役社長 今井義人氏が登壇し、SaaSと生成AIの利用拡大にともなうセキュリティリスクについて解説した。
今井氏はまず、企業のAI活用における現状の課題を整理した。MITのレポートによると、90%の人が個人としてAIを利用しているのに対し、公式なAIを導入している企業は約40%にとどまるという。今井氏はこれを踏まえ、「シャドーAI」の蔓延をリスクとして指摘。「会社としてはまだAIの対応が十分ではなく環境を整備できていないのに、現場の人はどんどんAIを使っている」現状を危惧した。
企業がAIの導入に踏み切れない主な理由として、セキュリティ、コンプライアンス、そしてデータ取り扱いのルールがないことなどが挙げられるが、「最近はGoogle GeminiやMicrosoft Copilotなど、既存の環境に統合される形で提供されるAIサービスは企業に溶け込みやすい傾向にあり、活用は広がっている」という。
導入後の成果については、約60%の会社が評価フェーズやパイロットフェーズにおり、収益に直結する「真の成功」を収めているのはわずか6%程度にとどまっているという結果が示された。今井氏はこれを踏まえ、「ROI(投資収益率)向上の実現には、まだ時間を要する状況だ」と分析する。
では実際にどのようなセキュリティのリスクが考えられるのか。今井氏は、AI時代における新たなセキュリティリスクとして、シャドーAIを通じたデータの流出経路の変化に警鐘を鳴らし、「特に注目すべきは、AIへのデータ入力の方法だ」とした。
今井氏が示したデータによると、従業員の約77%がAIにデータをコピーアンドペーストしており、その8割は組織で管理していない個人アカウント、すなわちシャドーAIを通じて行われている。この見えない経路での機密情報や個人情報の流出が、新たなセキュリティ上の脅威となっていることを示した。
さらに、AIの活用によって、サイバー攻撃を防御する側よりも攻撃する側の方が作業効率が上がっているという実態も示された。これは、AIによって高度な専門知識がなくともサイバー攻撃が可能になったことが背景にあるとしている。
こうしたAI導入における課題を解決し、ROIを向上させるためには、「単に人がやっている作業をそのままAIに置き換えるだけでは効率は上がらない」とし、「ワークフローの再設計が極めて重要だ」と今井氏は強調する。現在人が行っている作業をそのままAIに代替させるのではなく、AIに合わせた業務に見直すことが大切だとした。
また、AI活用の目標設定においても、単なる「人件費削減」ではなく、「AIが処理をすることで、即レスポンスを返します」といった別の評価指標を加えることが、AI活用の成功に繋がる傾向があるとの見方を示す。
AI活用におけるもう一つの課題として、同氏はSaaSツールの機能重複とそれによるコスト増を挙げた。Google Workspace、Microsoft Teams、Zoomなど、各SaaSが機能開発を続けた結果、チャット、ドキュメント、カレンダーといった機能が重複している現状がある。今井氏は「こうした機能重複の見直しと効率化に取り組むことで、コスト削減の余地が生まれる」と提言した。
最後に同氏はこれまでの説明を踏まえ、生成AI活用におけるポイントを4つ示した。
- 経営陣の明確なコミットメント:「失敗は当たり前」という前提でトップダウンでの推進が不可欠
- 個人アカウント禁止の徹底:ガイドラインと検知手段を見直し、個人アカウントの使用を禁止する
- AIツールの公式化:個人アカウントを生み出さないための環境づくりとして、組織は安全で代替となるAIツールを公式に提供する必要がある
- バックオフィス領域への注力:ROIが向上しやすいバックオフィス領域からAI活用を進める
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