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冨永裕子の「エンタープライズIT」アナリシス

選挙への介入だけではない「誤情報/偽情報」問題 4つの対策、ガートナーのアナリストが提言

『真実なき世界』で企業が生き残るためには

 世界経済フォーラムが発表した『Global Risk Report 2025』によれば、向こう2年の短期では「誤情報と偽情報」が首位のリスク項目になった。このリスクに対して、企業経営者はどうアプローチするべきか。来日したガートナーのアナリストに聞いた。

社会問題化した「誤情報と偽情報」

 「正直なところ、その背景まではわからないが、この結果には驚かされた」と語るのは、ガートナーのアナリストであるデーブ・アロン氏。向こう10年の長期では「異常気象」など、気候変動に関わるいくつかの項目が上位を占めたのに対し、短期では「誤情報と偽情報(Misinformation and Disinformation)」が首位になったためだ。

デーブ・アロン氏(ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト 兼 Gartnerフェロー)
デーブ・アロン氏(ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト 兼 Gartnerフェロー)

 2025年8月、『World Without Truth(真実なき世界)』(Gartner)が出版された。3人いる著者の1人がアロン氏だ。執筆のきっかけは、偽情報がもたらす問題を認識している人は多い一方、対策を講じている企業がほとんどないことを問題視したことだという。著者の1人で、引退したリチャード・ハンター氏は、約20年前に『World Without Secrets(秘密なき世界)』を書いている。その当時、商用インターネットが利用可能になって間もない頃だったが、ハンター氏は既にインターネットが秘密保持や機密性に与える影響を懸念していた。そして今、私たちの社会が早急に対処するべき問題として浮上しているのが、「偽情報」がもたらす悪影響だ。

 多くの企業は、物理的セキュリティやサイバーセキュリティへ投資をしてきたが、偽情報を用いた攻撃には非常に脆弱だろう。冒頭で紹介したように、多くの人は偽情報を「政治や社会の観点からの問題」と認識してはいるが、「ビジネスの観点」での理解は十分ではない。企業経営における問題を明らかにし、解決策を提案したいと考えたのが、著書出版の背景にある問題意識だ。アロン氏は偽情報がどのようなものか、情報の正確性と情報伝達の意図の2つの軸で、「MDM(Misinformation/Disinformation/Malinformation)」と整理した。

図1:偽情報、誤情報、そして悪意ある情報出典:Gartner(2025年10月)
図1:偽情報、誤情報、そして悪意ある情報
出典:Gartner(2025年10月) [画像クリックで拡大]

 まず、誤情報とは、誰かが誤った情報を拡散するときに起きる現象のことを指す。たとえば、ソーシャルメディアを好む人たちが「ワクチンは危険」とする投稿を自分のフォロワーに拡散してしまうような場合が当てはまる。彼らは正しい情報をもっていないだけで、その行為に悪意はまったくない。自分が知った情報を有用なものだと信じ、親しい人たちと共有する。純粋に良かれと思って、拡散している点が特徴だ。

選挙への介入だけではない、「偽情報」を用いた企業への攻撃

 しかし、偽情報は違う。「偽情報を使う攻撃者は、巧妙で洗練された手法を駆使し、意図的に攻撃を仕掛ける」とアロン氏は指摘する。たとえば、“産業型”偽情報攻撃の例として知られるものに、植物由来の人工肉を開発するフードテック企業Beyond Meatが受けた被害がある。「Beyond Meatの商品には、有害なメチルセルロースが含まれている」という情報が出回った。同社は、たしかにパテの増粘剤としてメチルセルロースを使ってはいたが、健康被害につながるほどの量ではなく、ごく微量での利用だった。Beyond Meatの商品に限らず、メチルセルロースは冷凍食品などにも増粘剤や乳化剤として使われている、言わばありふれた食品添加物だ。Beyond Meatにとっては不運なことに、この偽情報が商品に対する否定的な材料となり、長期的な株価低迷をもたらした。

 また、図1の第4象限にあるように「悪意ある情報」とは、正確な情報だが悪意をもって拡散するものが該当する。

図2:産業型偽情報攻撃の例
図2:産業型偽情報攻撃の例
出典:Gartner(2025年10月) [画像クリックで拡大]

 偽情報を発信する攻撃と聞くと、怒れるティーンエイジャーが腹いせに煽り目的の情報を拡散するイメージを連想するかもしれないが、まったく違う。たとえば、米国にはCenter of Consumer Trust(CCF)というNPOがある。この組織はレストランや食品メーカーなどから支援を受けて活動しており、感情に訴えるメッセージを駆使することを好む。また、その資金源も秘匿されていることから、そのキャンペーン手法には批判も多い。Beyond Meatのような代用肉に関するキャンペーンも手掛けたとされている。

 このようなキャンペーンを可能にしたのが、企業や消費者の心理データなどに支えられた大規模な偽情報サプライチェーンである。「私たちは出版準備に4年を費やしたが、その間も状況は変わり続けていた。特に大きな影響を与えたのが『ChatGPT』の登場だ」とアロン氏。偽情報キャンペーンを支える「サプライチェーン 1.0」と「サプライチェーン 2.0」の2つの存在を指摘した。特にサプライチェーン 2.0では、単に誤った事実を広めるだけでなく、たとえば攻撃者がAIモデルをターゲットにした場合に偽情報の特定が困難になるなど、AIによって問題がより深刻化する。

図3:AIの登場で長くなったサプライチェーン(上2段がサプライチェーン1.0、下1段がサプライチェーン2.0)
図3:AIの登場で長くなったサプライチェーン(上2段がサプライチェーン1.0、下1段がサプライチェーン2.0)
出典:Gartner(2025年10月) [画像クリックで拡大]

 プロパガンダの歴史は古いが、アロン氏によれば、偽情報の拡散が深刻になった背景には3つの理由がある。1つ目に「ディープフェイク」が容易に入手できるようになったこと。2つ目は、ソーシャルメディアで数多くの個人にリーチすることが容易になったこと。そして、3つ目が「マスカスタマイゼーション」と呼ばれる手法を駆使することが容易になったことだ。いずれもテクノロジーの進化がなければ実現できなかったことであり、マーケティングで使われる手法が悪意のある攻撃にも利用されるようになった。

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「誤情報/偽情報」から企業活動を守るための4つの方法

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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)

 IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...

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