日立が「Generative AIセンター」を設立する理由
「日立は生成AIの活用推進と、雇用の問題やプライバシーの課題への取組みを両輪で進める」──日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部CTO 鮫嶋茂稔氏は、会見の冒頭でこう語った。
日立のAI関連研究の歩みは長い。80年代の第二次AIブームや第五世代コンピュータープロジェクトへの参画を記憶している人は、相当のベテランかもしれない。先端研究だけでなく、製品検査装置や海外向けATM、指静脈認証などの実用分野でも、地道で息長く研究開発を続けてきている。2020年代からはAI映像解析ソリューション、材料開発ソリューション(MI:マテリアルズ・インフォマティクス)などの分野でもAI研究に力を入れている。
その日立が、ChatGPTをはじめとする生成AI (Generative AI)の急速な進化を背景に、「Generative AIセンター」を新設し、AI事業を加速化する。5月15日に行われた会見で発表されたのは、以下の項目だ。
- 「Generative AI センター」新設:データサイエンティストやAI研究者、社内IT、セキュリティ、法務、品質保証、知的財産などスペシャリスト集結
- 生成AIのLumada事業へ取り込み
- 生成AIの活用支援コンサルティング、環境構築・運用支援などのサービス
- 日立グループ32万人で利用推進するための施策
- 業務利用ガイドライン策定、社内利用環境「Generative AIアシスタントツール」整備、コミュニティを形成
日立のAI事業の目的は、2012年から立ち上がったデータ利活用サービス「Lumada」事業の拡大だ。今回設立する「Generative AIセンター」は、生成AIに対して知見を有するデータサイエンティストやAI研究者と、社内IT、セキュリティ、法務、品質保証、知的財産など業務のスペシャリストを集結し、リスクマネジメントしながら活用を推進するCoE (Center of Excellence)組織となる。
これまでも、Lumada Data Science Lab. (LDSL) の活動を中心に、年間100件以上のAI関連のPOCを推進してきた。また、2021年2月にLDSLと社内有識者による「AI倫理原則」の策定などにも取り組んできている。
日立独自の生成AI、6つのユースケース
デジタルエンジニアリングビジネスユニットData & Design 本部長 吉田順氏は、生成AIの業務改革の可能性として、1)文章の要約:公開文書や社内文書の要約、2)文章の翻訳、3)リサーチ:検索エンジンのような使い方、4)資料の草案作成などの文章の生成、5)社内FAQとしての活用など、6)開発効率化・生産性向上などの6分野を示した。
これらは一般的な事例だが、「ChatGPTはインターネット上で公開されている大量データで学習されているが、業務データと組み合わせることでさらに可能性は高まる」(吉田氏)として、日立で取り組んでいる、6つのユースケースを紹介した。
- テキスト生成:「議事録作成」「チャットボット攻撃性抑制」「対話システムにおける機械読解」
- 画像生成:「設備の損傷画像を用いた要件のすり合わせ」「気象状況画像を用いた判断ノウハウの獲得」「ドキュメント・コンテンツ作成支援」
議事録の要約
マイクロソフトのTeamsの音声認識のスクリプトから要約を作る技術。テキストを分析のしやすい長さに区切り、「私」や「僕」などの発話者の呼称を話者の名前に変換し、因果関係を分析して箇条書きにしたり、重要な文を切り出したりすることができる。
チャットボットの攻撃性抑制
人種、ジェンダー、宗教など、カテゴリごとに、攻撃的な応答を抑制する技術。学習データの中に含まれる攻撃性を AI が学習し、安全な応答を出力する。
対話システムにおける機械読解
会話履歴と業務文書から機械読解技術(MRC:machine reading comprehension) を用いて回答を生成する技術。ChatGPTではテキストを生成する時に、事実と異なる文書が作られることがある。企業用途で使う時には事実があれば事実のまま答えてもらいたい。会話履歴から業務文書の中で合致する解凍箇所があれば、そのまま出力させることで事実性を担保する。
「設備の損傷」画像を用いた要件のすり合わせ
日立の中核事業でもある社会インフラに関わるAI活用。設備の損傷画像を用いてお客様とのすり合わせを行う。線路や壁のひび割れなどを画像生成で示しながら状況を確認し対策を検討する。
「気象状況」画像を用いた判断ノウハウの獲得
航空機の離発着時の気象状況判断ノウハウを熟練者から獲得するために、雲画像を生成するAI活用。熟練者のナレッジであった雲の状況による判断が、画像生成AIによって可能となる。
ドキュメント・コンテンツ作成支援
PowerPointや特許の明細書に用いる画像の作成が、生成AIによって可能になる。たとえば「白黒画像で〇〇を作る」(Black and white line drawing of <描きたいもの>)というプロンプトによってビジネスに適した画像を作る。ただし、現段階では、AIの出力に著作権、著作者人格権侵害の懸念がないかどうかは利用者による精査が必要となる。