規制が厳しい医薬品製造業界で、“偶然”を追い風にAI活用を推進 「バッドインフルエンサー」への対処法
武州製薬が進めた「口コミ」で広めるAI活用浸透までの道筋
医薬品受託製造業(CMO)である武州製薬。厳格な規制環境と紙中心の業務文化から、「生成AIから最も遠い場所」にあった同社だが、現在では品質保証部をはじめ多くの現場でAI活用が浸透している。初期に立ちはだかった「規制・リスク・リソース」という3つの壁に直面しながらも、同社はどのようにして社内の抵抗を乗り越え、DX推進の原動力に変えていったのか。本記事では、2026年2月13日に開催された「JAPAN AI ユーザー交流会」での講演と、その後の個別インタビューの様子から、企業のDX推進のヒントとなるAI活用の道筋を紹介する。
規制が厳しい医薬品製造業界、3つの偶然がAI活用の追い風に
武州製薬は、従業員約1,800名を擁するCMO(医薬品受託製造業)企業。医薬品メーカーから委託を受けて医薬品を製造・品質管理する受託専門企業であり、国内外の行政機関からの査察に加え、顧客である医薬品メーカーからの厳しい監査にも対応する必要がある。その中で、DX推進の旗振り役として奮闘しているのが同社 コーポレートIT本部 DX戦略部 部長の上野拓真氏だ。
同氏いわく、医薬品製造業全般において、業務のデジタル化は決して進んでいるとは言えない。製造現場で作られるものが直接人間の体内に入る医薬品(抗がん剤などを含む)であるため、品質を担保する上で「人間の作業は基本的に疑われる」という前提があるのだという。
たとえば、紙の書類を電子化しようとした際、単なるIDとパスワードの入力ではなりすましのリスクがあるとして許容されず、電子ペンでのサインであっても筆圧まで細かく問われるなどの厳密な手続きが必要だ。そのため、依然として紙の書類が業務の中心となっており、DX推進の土壌としては“生成AI活用から最も遠い場所”だった。
同社はこのような状況を打破すべく、2030年を見据えた「Bushu Digital Evolution Plan 2030」を策定。データドリブン経営の実現や、顧客である医薬品メーカーとの距離をゼロにし、情報をオープンに共有する「オンデマンドコラボレーション」の実現を最終的なビジネス変革のゴールとして掲げ、その変革の一環に生成AIの導入・活用を位置づけている。
AIの導入にあたっては、「規制」「リスク」「リソース」という3つの鉄壁が立ちはだかったという。第一の壁である「規制」について、医薬品製造における品質確保の基準であるGMP(Good Manufacturing Practice)は、そもそも変化を前提としていないため、社内から「GMPの観点から導入に問題はないのか」という声が上がった。
第二の壁は「リスク」。顧客企業も変化にともなうリスクを気にする傾向が強く、「受託業が自社判断でAI導入を進めてよいのか」という懸念があった。第三の壁は「リソース」。日々の業務に追われ、現場主体の製造業ならではの「ITエンジニアがいない」という課題もあった。
これら3つの壁に直面しながらも、武州製薬のAI導入は一定の成果を上げている。上野氏は、それを「結果論としての3つの偶然があったから」と振り返る。
1つ目の偶然が、「スモールスタートが功を奏したこと」だ。同社では、わずか10名という少人数でAI活用を始めた。なお、この10名のメンバーはDX戦略部が意図的に選んだ。上野氏はその選定基準として、ITスキルの高さではなく、現状の不満を口に出せる人かどうかを意識したという。「今の会社のやり方は面倒だ」と現状の業務プロセスに疑問を持ち、それを口に出せる人物がDX推進に向いていると判断し、彼らにAI活用環境を提供していった。それが、結果として後述する“口コミ展開”という戦略の原点となり、社内普及の追い風となったという。
2つ目の偶然は、「大量のデータが電子化されて存在したこと」だ。紙だらけの現場においてAIに読み込ませるデータはないと思われていたが、業務のルールを定めたSOP(標準作業手順書)というドキュメントが社内に30,000件ほど存在していた。これらは、GMP対応の文書管理システムに電子データとして既に保管されており、いわばAIに学習させるための“宝の山”であった。
3つ目の偶然は、「人間中心のプロセスが自然と構築されたこと」だ。生成AIにおけるハルシネーションという概念が社内で早くから認知されていたこともあり、「AIの出力は必ず人間が疑い、検証し、最終承認する」というプロセスが抵抗なく受け入れられた。同社の「確認・承認を人間が厳重に行う」という文化が、かえってAIの理想的な運用体制と合致したといえるだろう。
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