クラウドジャーニーの一例
この企業は先進性が高く、国内の金融システムとして、いち早くクラウド活用を推進してきたと言えるでしょう。AWSの東京リージョンが開設されてまもなく、2012年から、個人情報を持たないシステムを対象としてクラウド上でのサービス提供を開始しました。そこで実用性や統制面での機能の充実度などを確認した後、2017年からは「クラウドファースト」を掲げ、2020年にはほぼすべてのシステムのクラウド移行を完了しました。
2023年にはマルチリージョン化を行い、現在はクラウドネイティブなシステムとするためのマイクロサービス化を推進しており、今後はマルチクラウド化も視野に入れています。特定のクラウドで企業全体の習熟度を向上させたのちに、マルチクラウドを検討している段階となります。今後、同様に習熟度を向上させた企業がマルチクラウドを検討する機会は増えていくと考えられます。
また、メインフレームを利用しているシステムや大規模な基幹システムについて、これまでクラウド活用を見送っていた企業においてもクラウドへの移行を検討、推進しています。
多数の企業が基幹システムのクラウド移行を実現した実績があること、クラウドベンダーからメインフレームのクラウド移行を支援するメインフレームモダナイゼーションと呼ばれるサービスが提供されていることも後押しとなっているでしょう。これらの企業がまずはシングルクラウドへの移行を完了させたのち、マルチクラウドを検討していくことも考えられます。
マルチクラウドの導入を推進する要因
次に、企業がマルチクラウドの導入を推進する要因について考えます。要因としては、大きく分けてビジネス上の課題、技術的な課題の2つが考えられるでしょう。
それぞれの要因について、マルチクラウドを推進する理由、その概要を次表にまとめます。
その他、海外では、活発な企業の合併・買収(M&A)によりマルチクラウド運用となるケースも多いようです。これは複数のサービスを買収したことによる望ましくない副作用となっているケースもあり、長期的に特定のクラウドベンダーへの統合が計画、推進されることもあるでしょう。
交渉力を得るためのマルチクラウド
複数クラウドで事業展開を行っている大企業でよく聞かれるのが、クラウドベンダーとの交渉力を獲得するためのマルチクラウド戦略です。
これはクラウド以前からベンダーとやり取りをしている企業にはなじみ深い考えだと思いますが、簡単に言えばベンダーAとベンダーBを競わせるやり方です。例えば、利用者がすべてのシステムをA社のクラウド上に構築する場合、利用者はA社にロックインされ、移行の手間などを考えるとコストなどの観点で優位であっても他のクラウドに移れません。そのため、例えばデータベースサービスのコストに不満があっても、ディスカウントを要望するのは難しくなります。
一方、利用者がA社とB社にシステムを展開している場合、新規システムの構築や既存システムの移行等を他方のクラウドにすることを前提に、クラウドベンダーと交渉をできます。A社のデータベースサービスはコストなどの観点で採用が厳しいと伝えることで、何らかのディスカウントプログラムや支援プログラムなどを得る可能性もあります。
もちろん、こうした話は一定以上の規模でないとクラウドベンダーにうま味がない点や、ボリュームディスカウントを交渉材料とした方が良いケースもありますので、マルチクラウドの最大目的ではなく、そのプロセスの一部と考えるのが妥当です。