パーソルHD:2,000人以上が参加するコミュニティとの「共創」
酒井真弓(以下、酒井):まずは、自社での生成AI活用状況を教えてください。
朝比奈ゆり子(以下、朝比奈):パーソルグループは、転職サービス「doda」や人材派遣の「テンプスタッフ」など多くの人材サービスを提供しています。国内38社、海外にも多数の拠点を持ち、私はグループ全体のデジタル施策を担当しています。
生成AI活用の現状についてお話しすると、2024年11月時点で、国内グループ社員1万8000人以上が社内版GPT「PERSOL Chat Assistant」を活用しています。事業での生成AIの活用も進めており、dodaでは生成AIによる職務経歴書の作成支援、テンプスタッフでは派遣先担当者から派遣スタッフへのフィードバックコメントの作成支援に活用するなど、多様なニーズに応えています。

なぜここまで盛り上がったのか。その成功要因は「共創」をテーマに推進してきたことが理由にあると思います。2,000人以上の社員が参加する生成AIコミュニティを立ち上げ、ワイワイ情報共有できる場を作りました。また、多くの企業が「定型的なプロンプトの配布」か「完全なフリー化」のどちらにするかで悩むと聞いているのですが、私たちは自由に使って、良いプロンプトができたら共有する方針で、ポチッとするだけで社内共有できる仕組みを作りました。
2023年11月からはPERSOL Chat Assistantの愛称を「CHASSU(ちゃっす)」とし、アシスタントを連想させるアシカのキャラクターで親しみやすさを醸成。さらに活用が広がりました。
私たちはいわゆるJTC(伝統的な日本企業)ですが、若手を中心とした推進チームを結成し、楽しみながら学び合う文化を築くことで、これまでのITプロジェクトでは考えられないほど、自発的な動きがあらゆる所で始まっています。生成AI活用の成否を分かつのは、テクノロジー以上に組織文化にあると実感しています。

資生堂IB:1週間かかっていた翻訳業務が1日に短縮
櫻井佳子(以下、櫻井):私は資生堂の社内DXを推進する部門を担当しています。資生堂では商品開発やマーケティング領域で様々な生成AIプロジェクトが進行していますが、IT部門として私たちが特に注力しているのは、全社員による生成AI活用を通じた生産性向上です。これにより業務効率化とコスト削減を実現し、競争力を強化する狙いです。
2023年夏、自社環境でAzure OpenAIを使用したAIサービスを構築・リリースし、全社で活用を開始しました。しかし、「プロンプトの書き方が分からない」という声が多く寄せられたため、2024年2月には、議事録要約などよくあるシーンに応じたプロンプトのテンプレート集を備えた改良版AIサービスをリリース。国内約1万人の社員が利用可能で、2024年内には少なくとも2割の社員にアクティブに使ってもらうことを目標に、多角的な普及施策を展開してきました。
当初の想定では、1割の社員はサポートがなくても積極的に活用し、1~2割はサポートがあってもかなり消極的だろうと。重要なのは、残り7割の社員にどう働きかけ使ってもらうかです。そこで2024年4月から、月1ペースで全社員向け勉強会を開催し、各部門の業務特性に応じた相談会も開催しています。さらに、社内カフェテリアの一角に「AI相談コーナー」を設け、気軽に質問できる場を作りました。9月からは社内ポータルサイトに特集コーナーを設置。役員自ら活用事例を発信したり、ヘビーユーザーの使用方法を共有したりする記事を配信しています。さらに、社員同士の情報交換を促進するため、Microsoft Teams上にコミュニティを立ち上げました。これらの施策が功を奏し、2024年末時点で当初の目標を上回る全社活用率は3割弱を達成しました。
社内の好事例の中から一つ紹介させてください。海外とのやり取りが多い部門のある社員は、翻訳業務にAIを活用することで、1週間かかっていた作業が1日に短縮され、コストも低減されました。さらに、海外とのメールのコミュニケーションや課題解決のアイデア出しにもAIを積極的に活用しています。AIを活用することで一人では思いつかないような第三者視点の提案が得られ、意思決定の質の向上にもつながっているという声は多いです。
日本テレビHD:利益創出を目標に“自社AIエージェント”を開発
辻理奈(以下、辻):私は日本テレビで、DX推進局でのAIプロジェクト「FACTly-Mate」の立ち上げを経て、今は経営戦略部門でテクノロジー戦略を担当しています。
2年前に立ち上げた「FACTly-Mate」では、生成AIのロイヤルユーザーを段階的に育成していくイメージで、「試す」「活用する」「業務に組み込む」の3段階で進めました。まず、プロジェクトのアイコンとなる「Mateくん」というゆるキャラを作りました。実は「正しく答えられなくても許される」というのが、Mateくんの裏テーマです(笑)
第1段階では、要約や校閲など様々な業務で使える「Mate Chat」を実装。第2段階は未完成ですが、Google ドライブ上の自分の業務文書を活用できる「Mate Search」を構想。そして先に第3段階に着手し、ユーザーが意識しなくても自然に使える形で生成AIを業務システムに組み込む「Mate Core」を進めています。

このMate Coreは、最近注目されているAIエージェントの考え方に近いものです。多くの企業が「業務効率化のためのAI活用」を進める中、私たちは「生成AIによる事業利益の創出」を目標に掲げたプロジェクトとして取り組んできました。
具体的な成果を上げているのが、「TVer」などの動画配信サービスに実装した生成AIを活用したコンテクスチュアル広告です。コンテクスチュアル広告とは、ユーザーが閲覧しているコンテンツの内容や文脈に合わせて親和性の高い広告を配信する仕組みのこと。たとえば、番組内でタレントが「エッフェル塔が最高でした」などと発言したら、そのCM枠でパリ旅行の広告を表示する。AIが番組内容を自動認識し、最適な広告をリアルタイムで選定してくれるのです。
今後は、より魅力的なコンテンツ制作と収益化の両立を見据え、こうしたAIエージェントの考え方を、コンテンツ作りに関わるすべての業務に活かしていきたいと思っています。
悩ましいKPI設定……Excel級の“日常使いのツール”として考えて
酒井:ここからは、会場の皆さんからの質問に答えていきたいと思います。
──AIの活用について、ビジネス効果を要求されると思いますが、どのようなKPIを設定して評価していますか?
朝比奈:ビジネス効果(ROI)ですが、数値よりも「社員がどれだけ効果を得られているか」という観点で見ています。つまり、仕事を効率化し、本当に取り組みたい付加価値の高い仕事に時間を使えること自体がビジネス効果なんです。だって、今さらExcelを活用して「いくら儲かるの?」なんて議論しませんよね。社員の生産性向上ツールとしては、それでいいんじゃないでしょうか。
もちろん数値の計測はしていて、実際に社内版GPTだけで年間20,000時間、Microsoft Copilotで年間35,000時間の削減効果なども報告していますが、議論すべき点はもうそこではありません! 使用金額が想定をすごく超えてしまうとか、そういった事態にならない限り、それ以上のROIの議論をしなくても経営メンバーに理解してもらえるように話しています。

──生成AIに会議の要約をさせたいのですが、まったく役に立ちません。会議の仕方自体を変える必要があるのではと感じ始めています。
櫻井:まさにその通りです。AIは入力の質に応じた出力しかできません。「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れても、ゴミしか得られない)」の言葉の通り、人間側の準備が不十分だとAIも力を発揮できないんです。
会議の場合、事前アジェンダの作成と共有、進行役の決定、結論の明確化など基本に立ち返ることが重要です。会議自体の質が上がれば、AIの出力も自然と良くなります。会議の進め方のテンプレートや時間配分の指針を示すなど工夫をしてみてください。AIは魔法ではありません。結局は、使う側のリテラシーが一番重要なんです。
コアメンバーの熱量が全社に伝播してコミュニティが活発に
──生成AI普及のために社内コミュニティを作りたいのですが、運用が大変そうで、なかなかトライできません。そしてもう一つ、社内コミュニティを作りましたが、まったく盛り上がりません。どうすればいいでしょうか?
朝比奈:私たちも最初は恐る恐るでしたよ。実際に盛り上がらない社内コミュニティも見てきましたので、まずは変革に積極的なファーストペンギン社員を募ってコアメンバーとしました。同時に、社内コミュニティをセキュリティの相談窓口やIT部門からの情報発信の場として機能させることで、自然な形での参加を促しました。
意識したのは、心理的安全性の確保です。「どんな発言でも受け入れられる」という雰囲気づくりと、「経営層が推進する正式な活動である」という安心感。この2つのバランスを意識しました。コミュニティマネジャーには自由な発信を促し、私も積極的に「いいね」しまくりました。経営層との対話を共有したりもしましたね。ときには冗談も交えながら空気づくりに努めています。
櫻井:当社で順調にいっている主な理由は2つあります。1つ目は継続性。様々な施策を途切れさせずに続けて、熱が冷めないようにしました。2つ目は、メインの推進担当の2人のメンバーのモチベーションが高く、社内コミュニティでも積極的に情報発信し、「一緒にやろう」という雰囲気を作ってくれること。コミュニティ成功には、情熱を持ったメンバーの存在が不可欠だと実感しています。

リーダーが実践する、生成AI動向への“アンテナの立て方”
──生成AIの進化が目まぐるしい中、皆さんはどのように情報をキャッチアップされていますか?
朝比奈:ニュースキュレーションアプリで関心領域のキーワードのプッシュ通知に設定し、日々チェックしています。同時に、SNS上で信頼できる情報発信者をフォローしたり、その専門家が高く評価している技術や情報を掘り下げたりしています。情報のまとめサイトを作っている方もいて、なるほどと思いながら見ています。
櫻井:私は今日のようなイベントには積極的に参加するようにしています。講演者や参加者の皆さんとの会話から得られる情報が非常に役立っているんです。また、隙間時間に関連動画を視聴したりして、楽しくキャッチアップしています。
辻:私もまずはインフルエンサーの発信をフォロー。次に、生成AIスタートアップの皆さんと共創の余地があるかを議論しつつ、最新動向をキャッチしています。そして、実際に自分で実装する。それで、使える技術か肌感覚で判断しています。

経営戦略局 経営戦略部 兼 R&Dラボ 主任 辻理奈氏
LT後半:チェンジマネジメント普及/OTセキュリティ/IT投資の価値
特別講演の前には、情報システム領域で活躍する女性リーダー5名によるライトニングトークス(LT)が開催された。様々な企業や領域で活躍する女性リーダーの奮闘とは。後編では、荏原製作所 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス/情報通信統括部/人財戦略部 入江哲子氏、資生堂 情報セキュリティ部 髙橋宏美氏、大日本印刷 出版イノベーション事業部 hontoビジネスセンター ハイブリッドプラットフォーム開発本部・本部長 塩崎美恵氏のLTを紹介する。
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荏原製作所:大型プロジェクトの効果を最大化する「チェンジマネジメント」
荏原製作所では、グループ会社全体を対象とした基幹システムの導入を欧米・アジアで実施し、グローバルでの一体経営を目指して取り組んでいる。300人を超えるプロジェクトを強力に進めている根底には、日本ではまだ馴染みの少ない「チェンジマネジメント」があるという。なぜチェンジマネジメントが必要なのか、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス/情報通信統括部/人財戦略部の入江氏が語った。
入江氏は、「人的側面に対する支援が不十分だと、技術的な変革がうまくいっても結果として定着せず、成果が得られないこともある」と指摘する。入江氏は3年前から現場の声を重視したアプローチを展開。各部門が抱える固有の課題やニーズを丁寧に聞き取り、それぞれに適した解決策を提案している。

株式会社荏原製作所 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長
兼 CIOオフィス/情報通信統括部/人財戦略部 入江哲子氏
変革の推進にあたっては、チェンジマネジメントのフレームワークの1つ「ADKARモデル[1]」を活用し、段階的な施策を実施した。入江氏は、「こちらが一方的に啓発活動や情報発信をしても、受け手の畑が耕されていないと浸透しない。段階的なプロセスを踏むことで、効果に大きな違いが生まれる」と語る。
チェンジマネジメントを進めるために、全社のマインドセットの共通化も意識しているという。経営層から現場まで、「なぜこの変革が必要なのか」「どのような効果が期待できるのか」といった本質的な問いかけを通じて、組織全体の意識改革を進めている。
[1] 「Aware(認識)」「Desire(欲求)」「Knowledge(知識)」「Ability(能力)」「Reinforcement(定着)」の頭文字
資生堂:国内工場における、現場を巻き込んだOTセキュリティの実装
資生堂は、信頼性の高い製品供給を維持するため、製造現場のOTセキュリティに注力している。情報セキュリティ部の髙橋氏は「現場の皆さんをいかに巻き込むかに重点を置いた」と語る。
同社がOTセキュリティに着手した背景には3つの要因があるという。第1に、国内生産性向上を選択し、2019年以降に立ち上げた那須、大阪茨木、福岡久留米の新工場では「PEOPLE FIRST」の理念で自動化が進み、OTとITの接続が増加。コロナ禍のリモートメンテナンス導入も接続ポイントを拡大した。第2に、同時期に他社で取引先がサイバー攻撃によって生産ラインが停止する事態があり、社内の危機感が高まったこと。第3に、グローバル各国で工場向けのガイドラインや規制が整備され、対応が急務となったことを挙げた。

まずは、1工場につき6~9ヵ月のセキュリティアセスメントを実施。髙橋氏は、「各工場長にはなぜセキュリティ強化が必要なのか、生産責任者には具体的な工数や影響を丁寧に説明した」と振り返る。
その後の是正活動では段階的なアプローチを採用した。1年目は予算確保前でも実行可能なピープル・プロセス系の対策を優先。工場特性を考慮した管理手順の整備、ネットワークゾーンの論理的分離、保守ベンダーの外部接続手順の策定、LANポートブロックやウイルスチェックなど比較的安価に実施できる対策を進めた。2年目は既存工場に対してファイアウォール導入によるゾーニング強化、遠隔管理できないノンインテリジェントハブを廃止するなど脆弱性対策を徹底した。今では、セキュリティのe-Learningを実施するたびに、工場から「100%受講を目指そう」と声が上がるほど、意識が高まっているという。
髙橋氏は、「セキュリティには全体のチームワークが不可欠」と強調する。今後は持続的な改善とさらなる意識向上を目指した教育活動を計画している。
DNP:IT投資による価値創出にとことんこだわるマインドセット
IT投資が企業の競争力を左右する現代、ITの価値最大化が経営課題となっている。大日本印刷(DNP)の塩崎氏は「価値にこだわるマインド」をテーマに、自身の経験を共有した。
DNPは1876年創業の印刷会社だが、現在はスマートコミュニケーション、ライフ&ヘルスケア、エレクトロニクスなど多様な事業を展開。「P&Iイノベーション(印刷技術と情報技術の融合)」を核に価値創造を進めている。
塩崎氏は情報システム部門で全社DX推進を経験し、現在は出版イノベーション事業部でhontoビジネスの開発責任者を務めている。まさに「ビジネスとITが有機的に結合した組織」のリーダーとして、「IT投資は手段であり、目的はビジネス価値の創出」と語った。

大日本印刷株式会社 出版イノベーション事業部
hontoビジネスセンター ハイブリッドプラットフォーム開発本部・本部長 塩崎美恵氏
具体的手法として塩崎氏が実践する「アウトカムデリバリー」は、単なる機能実装ではなく事業成果に焦点を当てたアプローチだ。「明確なビジネス目標設定→実行→モニタリング→成果評価」というプロセスを通じて、投資対効果を可視化する。
塩崎氏が特に警鐘を鳴らすのは、企業にありがちなリスク軽減投資の軽視だ。「ビジネスの変革・成長には新たな価値創出の投資が、運営フェーズではリスク軽減のための投資が必要」と説明する。「せっかく作ったから捨てるのはもったいない」「運営にそんなコストがかかるの?」といった感覚的判断が“不良IT資産”を蓄積させ、結果的に事業競争力を低下させるという危険性を指摘。
「150年企業の強みを活かしつつデジタル時代を勝ち抜くには、ITによる価値創出にこだわるマインドを組織文化として定着させることが不可欠」と塩崎氏は結んだ。