日本IBMは6月10日、自動化戦略に関する記者説明会を開催し、AIとハイブリッドマルチクラウド環境の普及に伴うシステム複雑化への包括的な対応策を発表した。同社取締役専務執行役員テクノロジー事業本部長の村田将輝氏は冒頭で、「AIと自動化はコインの表と裏の関係にある」と述べ、企業システムの「エントロピー増大リスク」を抑制するための統合的な自動化戦略を明らかにした。

村田氏は、現代の企業システムが直面する本質的な課題として「システムエントロピー増大リスク」を挙げた。「ハイブリッドクラウド、マルチクラウド、そしてAIが広がっていくと、企業システムは当然のように複雑性が増していく。この複雑性が増していくものをいかに安定的にシステムとして繋げていくかが重要」と説明し、データ、プログラム、システム間接続、安全性の各領域で無秩序が拡散している現状を指摘した。

具体例として、TLS証明書の有効期限短縮問題を提示した。現在398日の有効期限が2029年には47日に短縮される予定で、「あるお客様では、このサーバー証明書の運用に2ヵ月をかけているが、これが47日になると今までの運用を大きく変えていく必要がある」と述べ、自動化の必要性を強調した。
IBMの戦略は、ハイブリッド・マルチクラウドを前提として、データプラットフォーム、ハイブリッドクラウドプラットフォーム、HashiCorpを含めた自動化プラットフォームの3つに注力することを軸としている。村田氏は、IBMの立場をカタリスト(触媒)であるとし、レッドハット、HashiCorpとの3社連携による顧客の革新支援を表明した。
ハイブリッド統合連携基盤による技術カオスの解消

日本IBMの上野亜紀子氏は、統合技術の混乱状況について「変革を加速するためのテクノロジーの積極的な採用は、統合のカオスを生み出している」と指摘し、「統合技術のカオス、ツールの乱立、AIのスピード要求、SaaS連携のニーズ増加により、開発者と管理者が多くの負荷を抱えている」と現状を分析した。

この課題解決策として、6月16日から提供開始される「IBM webMethods Hybrid Integration」を発表した。昨年買収したwebMethodsの強みとIBMのインテグレーション製品を融合した製品で、3つの特徴を持つ。第1に「統合体験の変革」として、複数のシステム連携方式をハイブリッドクラウド、マルチクラウドにまたがって1つのプラットフォームで一元管理できる。第2に「AIエージェント連携とノーコード・ローコード開発」により、様々なインテグレーション、ワークフローの生成やAPI化をGUIで直感的に作成可能となる。第3に「ハイブリッドマルチクラウド管理」として、セルフマネージドのオンプレミス版からSaaSサービスまで適材適所で選択利用できる。

上野氏は統合技術の進化について、「企業内システム連携から始まり、サービス指向アーキテクチャー、API連携、クラウドサービス、そしてハイブリッドな統合へと発展してきた」と歴史的変遷を説明し、「新旧様々なテクノロジーを統合的に、しかもハイブリッドクラウド、マルチクラウドにまたがって実現する統合基盤が今求められている」と述べた。
TerraformとAnsibleによる包括的運用自動化

HashiCorp Japan ディレクター 伊藤健志氏
レッドハットの三木雄平氏は、運用チームが直面する現実的課題を提起した。「限られた人材リソースの中で、求められるスキルの幅がどんどん広がっており、ハイブリッド・マルチクラウド化が進み複雑化するITインフラに対応する必要がある」と述べ、セキュリティとコンプライアンスの強化要請も加わる中で、「自動化のベストプラクティスを適用し、ROIを最大化する必要がある」と強調した。

解決策として、TerraformとAnsibleの組み合わせを提示した。三木氏は両製品の歴史的背景を説明し、「Terraformが2014年、Ansibleが2012年に開発開始され、企業システムでクラウドが当たり前に使われ始めた時代に登場した」と述べた。「TerraformはInfrastructure as Codeでクラウドインフラのコード化に強みを持ち、AnsibleはConfiguration as Codeで広範囲を対象にした自動化処理に強みを持つ。この2つの製品は競合ではなく、互いを補完する製品としてコミュニティで育ってきた」と説明した。
両製品により、データセンター、パブリッククラウド、エッジ、AI、アプリケーション設定まで全てをカバーし、Day0からDay2までのライフサイクル全体を包括的に管理できるとした。三木氏は「企業のIT環境全体をカバーする包括的なサポートを提供する」と述べ、統合されたライフサイクル管理の実現を強調した。
HashiCorpによるシークレット管理自動化
HashiCorp Japanディレクターの伊藤健志氏は、自動化推進におけるセキュリティの重要性を強調した。「TLS証明書の有効期限短縮により、398日でも大変な労力がかかるが、47日になるとエンジニアの負担が大きくなり、手作業での対応は現実的ではない」と述べ、シークレットライフサイクル管理の必要性を訴えた。
ソリューションの根幹となるVaultについて、「TerraformやAnsibleと連携し、インフラの構築やアプリケーション構成において必要なシークレット認証情報や証明書の管理を一元的に実現する」と説明した。Vaultは「管理・保管だけでなく、ローテーションや廃棄、セキュアなアクセス制御まで自動化できる」機能を持つ。

さらに、Vault Radarによる可視化機能は「GitHubやJira、Confluence、Slackをスキャンしてシークレットを洗い出し、グラフィカルにリスク状況や管理状態を表示する」と述べ、「管理できていないシークレットを常にVaultで管理し、ローテーションできている状況を作る」とサイクルの重要性を強調。伊藤氏は「インフラライフサイクル管理にシークレットライフサイクル管理を組み合わせることで、スピードと効率、安全性の3つを実現する自動化プラットフォームを提供する」と語った。
CIO向け統合ダッシュボードによるガバナンス強化

続いて、日本IBMの藤田一郎氏が、CIOのためのダッシュボード機能について詳述した。「AIの実用化が進み、ハイブリッド・マルチクラウドがデファクトになるなかで、全体システムを把握することの重要性が増している」と述べ、金融庁のサイバーセキュリティガイドラインを例に、「アセットの管理、データフローの管理、ネットワークの管理をエンドツーエンドで手の上に載せる」必要性を指摘した。
現在の企業が直面する具体的課題として、「障害発生時に全てのシステム担当者を集めないと業務影響範囲を把握・特定することができない」「重要データの実態配置が確認できない」「AIの技術検証が複数のクラウドサービス上で乱立している」「本来接続してはいけないシステム間連携が把握できない」「企業統合や分離で迅速なシステム統合が求められるが、現行システム調査から始める必要がある」などを挙げた。

これに対する解決策としては、InstanaやTurbonomicなどの可観測性ツールの情報を統合し、業務起点での可視化を実現するダッシュボードを開発中であるという。藤田氏は「複数の可観測ツールやAIをCIOのために自動的に統合し、全体システムを見える化する」ことで、「業務システム影響、エンドツーエンド接続、重要データの配置、ネットワーク状況とセキュリティリスク」を統合的に把握できるようになると説明した。
技術的実現方法として、Instanaから物理情報をAPIで取得し、業務アプリ単位でのシステム連携を可視化する仕組みを紹介した。「アプリケーション可観測性、ネットワーク可観測性、インテグレーション可観測性、データ可観測性、AIを使った設計書分析、アプリケーションライフサイクル管理」を統合し、CIOに必要な情報を自動的に提供するとした。
次世代テクノロジースタック
藤田氏は最後に、技術進化の歴史的文脈を示した。「1964年のメインフレーム、1995年の分散系オープンプラットフォームに続く、2025年のテクノロジースタック」として、仮想化が進んだOpenShift、開発言語としてのPython、破壊的技術のTransformerとLLM、そしてHybrid Integrationによるマルチクラウド接続を挙げた。
「2025年以降の技術は、AIのための技術であると同時に自動化のための技術になる」と述べ、「AIは、ハイブリッドマルチクラウドが基本となり、これが加速度的に拡大するとエントロピーが増大する」ため、「増大するエントロピーを抑制できなかったら、どこかでその技術の活用が限界を迎える」と警告した。
村田氏は総括として、「AI主導で業務を再構築するAI+自動化による世界において、AIとビジネスの共存を実現し、増大するエントロピーを抑制することが経営課題となる。お客様が革新をリードし、変革を成功させるためには、自動化が必須」と結論づけた。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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