形だけのDXプロジェクト決裁者が起こす突然の「ちゃぶ台返し」をどう防ぐ?すぐに実践できる現実的対応策
第5回:ITの知識が不足している決裁者も……円滑なコミュニケーションのコツを解説

連載「PM歴20年超の橋本将功が示す“情シスPMあるある”とその打ち手」では、プロジェクトマネージャー(PM)として20年以上キャリアを積んできた筆者がプロジェクト成功のカギとなる“人”に焦点を当て、プロジェクトの「あるある失敗パターン」から編み出したコツやヒントを情報システム部門の方々にお届けしています。第5回目となる本稿では、特にIT企業以外の事業会社によく見られる「形だけの意思決定者」によって引き起こされる様々な問題にフォーカス。プロジェクトの状況やDXをあまりよく分かっていない意思決定者が急に主張を変え、ちゃぶ台をひっくり返したことで、現場が混乱してしまった経験はないでしょうか。どうすればちゃぶ台返しを防げるのか、意思決定者を“ともに戦う仲間”に変える具体的な方法を解説します。
「よく分からないけど、細かいところはとりあえず任せる」の罠
プロジェクトのキックオフから3ヵ月が経過し、いよいよ要件定義の大詰めに入ったDXプロジェクト。しかし、これまで開催された週次の定例会議にプロジェクトの意思決定者である肝心の役員が姿を現すことはほとんどありません。多忙を理由に欠席することはいつものこと。たまにリモートミーティングに出席してきたかと思えば、カメラはOFFの状態で、打ち合わせの内容をきちんと聞いているのか、検討の内容や結果を理解できているのか推し量ることができません。
そしていよいよ要件定義の大詰めの打ち合わせ。これまでの検討を踏まえて、開発フェーズに進むかどうかの意思決定が下ります。久しぶりに会議の場に現れた意思決定者からは開口一番、「僕はITに疎いからよく分からないんだけど……」というエクスキューズが出て、発注担当者とベンダーのPMは表情が凍ります。そして次には「で、結局何が決まったの?」という質問が飛び出し、これまでの議論の経緯を慌てて最初から説明する羽目に。さらには「僕が最初に言った要求(思いつき)はどうなったの?」「そんな複雑なことをやる必要があるの? もっとシンプルにできないの?」という、これまでの検討を根底から覆すような発言まで飛び出して、プロジェクト関係者全員が頭を抱えることになるのです。
このような“意思決定者の不在問題”は、多くのITプロジェクトで頻繁に発生する深刻な課題です。なぜこのような状況が生まれるのか、そしてどう対処すればいいのでしょうか。

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意思決定者の不在により起きる問題の根底には、ITプロジェクト、特にDXプロジェクトが抱える構造的な課題が潜んでいます。それは、プロジェクト予算の大半を人件費が占め、必然的に予算が高額となるため、その予算の承認権を経営者や上位クラスのマネージャーが持っているという点です。
失敗を恐れる意思決定者がプロジェクト停滞の元凶に……
システム開発などを行うDXプロジェクトでは、外部のベンダー費用、社内の専門人材の工数、さらには新しいツールやインフラの導入費用などが積み重なり、数千万円から数億円、あるいはそれ以上の規模の投資がなされることは珍しくありません。当然、この規模の投資には社長や取締役、執行役員、事業部長クラスの承認が必要となり、そうした人々がプロジェクトの最終的な意思決定者として位置づけられることになります。
ここに大きなジレンマが生まれます。組織や業務全体をITによって最適化していくDXプロジェクトは、多方面にわたる詳細な検討を慎重に積み重ねていく必要がありますが、事業会社の経営者や上層部は、既存事業の売上確保や組織運営、突発的なトラブル対応などに日々追われており、新しい技術を学習したり、プロジェクトに深く関与したりする時間的余裕がないのが実情です。こうした背景から、意思決定者が「よく分からないけれど、細かいことはとりあえず任せる」という姿勢になりやすいのです。
このような姿勢でプロジェクトに関わっている意思決定者は、プロジェクトの着地点が見え始めたとき、成果やROI(投資対効果)よりも予算超過やプロジェクト遅延などの“失敗リスク”に注意を向けがちです。新しい取り組みに失敗した場合の責任を問われることを恐れたり、予算とのズレを気にしたりするあまり、プロジェクトの内容や進捗には関心を示さず、予算や納期などの数字だけを気にするという行動パターンが生まれるのです。
たとえば、全体予算が2億円のDXプロジェクトで、追加要件の対応により1000万円(全体の5%)の追加予算が必要になったとします。この5%の追加予算の承認申請を上げると、意思決定者は「なぜこんなに予算オーバーが発生したのか」「ベンダーの想定や見積りが甘かったのではないか」と厳しく責任の所在を追及するでしょう。ときには、詳細な説明資料の作成や複数回の謝罪会議を要求するケースもあります。結果として、5%のズレのためにプロジェクト担当者に多大な労力がかかり、プロジェクト全体が危機に瀕してしまうのです。
このような意思決定者の判断は、投資が生み出す成果やROIを総合的に鑑みると正しいとはいえません。しかし、施策ごとの厳密な予算額が事業計画で年度ごとに決められることの多い日本企業で、新規事業やDXなどの不確実性の高いプロジェクトを行っていると、このような状況に頻繁に遭遇するでしょう。
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橋本 将功(ハシモト マサヨシ)
パラダイスウェア株式会社 代表取締役
早稲田大学第一文学部卒業。文学修士(MA)。IT業界25年目、PM歴24年目、経営歴14年目、父親歴9年目。 Webサイト/Webツール/業務システム/アプリ/組織改革など、500件以上のプロジェクトのリードとサポートを実施。「プロジェクトマネジメントの民主化」の実現...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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