形だけのDXプロジェクト決裁者が起こす突然の「ちゃぶ台返し」をどう防ぐ?すぐに実践できる現実的対応策
第5回:ITの知識が不足している決裁者も……円滑なコミュニケーションのコツを解説
意思決定者を味方につける現実的な対応策
突然ちゃぶ台返しを行うような意思決定層に振り回されないようにするためにはどうしたら良いのでしょうか。最も理想的かつ本質的な解決策は、適切な知識と経験をもつ役職者に意思決定権限を委譲することです。しかし、これは企業の内規や組織体制に関わる事項であり、一朝一夕にできることではありません。
また、DX投資に関する予算の持ち方を変えることも重要です。単年度で確定した上限値を設けるのではなく、複数年の継続予算枠としてもっておき、中長期的観点で見た成果やROIをもとに投資判断ができる仕組みを確立しておくのです。もっとも、これを実現するためには、欧米企業のように財務会計の考え方を短期重視から中長期重視へ、有形資産重視から無形資産重視へと転換するなど、経営戦略に直結する高度な意思決定が必要であり、短期間での導入は容易ではありません。
こうした構造的な限界を打破するために、外部から人材を募ってCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)やCTO(Chief Technology Officer:最高技術責任者)、CDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)などの役職を設けて中長期のIT戦略遂行体制を確立しようとする企業は日本でも増えています。しかし、日本の採用市場にはビジネスとITを橋渡しできる人材は希少であり、また適切な人材を採用できたとしても、その人材が企業の業務内容や組織文化、組織構造、財務戦略を十分に理解して能力を発揮できるようになるには時間がかかるでしょう。
では、現実的な対応策はどのようなものか。手軽で最も効果的なものは、プロジェクトの意思決定者との“パイプライン”を構築することです。具体的には、意思決定者へプロジェクトの状況を30分ほどで報告する時間を週1~2回程度スケジュールに組み込みます。プロジェクト定例会議では、ベンダーや社内の様々な関係者が参加するため、意思決定者が出席できなかったり、出席しても議論の詳細を理解できなかったりすることが多いため、確実に予定を押さえて状況を把握してもらうのです。
意思決定者の中には、部下に「そんなことも分からないんですか」と言われることを恐れて、「分からないから詳しく説明してほしい」と率直に表明できない人もしばしば見受けられます。人数の多い会議ではなく、1対1もしくは少人数での説明の場を設け、プロジェクトで何が検討されていて何が決まったのか、どのようなリスクが今後発生するのかを意思決定者の目線や理解度に応じて説明することで、意思決定者がプロジェクトの状況を腹落ちできるようにするのです。
また、この時間を活用して、意思決定者の本音や懸念事項を引き出すことも重要です。「実は社長から中長期計画の展望について説明を求められている」「財務担当部長から年度内予算の確定を求められている」「競合他社の動向について執行役員から訊かれている」といった意思決定者の状況を把握することで、突然のちゃぶ台返しを防ぐために事前に行動を起こすことができるでしょう。

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ベンダーとの信頼関係構築もポイントに
中長期プロジェクトを成功させるためにはベンダーとの良好な関係も欠かせませんが、正式な会議の場では、会社としての建前があることでお互いが考えていることを率直に述べることが難しい場合もあります。うかつに口を滑らせて話したことが、契約上の履行義務になってしまう恐れがあるからです。そこで、意思決定者と同じくベンダーの担当者とも、簡単な認識すり合わせの時間を定期的に設けることが有効です。
この非公式な場では、お互いの制約や課題について可能な限り本音で話し合い、プロジェクトの成功に向けた建設的な提案や協力関係を築くことを目的とします。たとえば、自社の意思決定プロセスの課題や意思決定者の認識についてベンダーに説明し、それを踏まえた提案の仕方や資料の作成方法について相談するといった話し合いが有効です。こうしたすり合わせを行うことで、より効果的なプロジェクト進行が可能になります。
DXプロジェクトのような長期間にわたる取り組みでは、意思決定者の継続的な関与と正確な理解が不可欠。忙しい意思決定者との柔軟なコミュニケーションを確立し、プロジェクトの価値と進捗、課題、リスクを正確に共有することで、突然の方向転換や過度なプレッシャーを予防できるのです。
技術的な複雑さと事業や組織の変革を両立させるDXプロジェクトだからこそ、意思決定者との密接な連携が成功のカギとなります。意思決定者の理解を得られないことに嘆いたり、突然のちゃぶ台返しで悲嘆に暮れたりするのではなく、先手を打って本質的な課題と選択肢について継続的に対話を重ねられる仕組みを作っておくことで、真に価値のある変革を実現できるでしょう。
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橋本 将功(ハシモト マサヨシ)
パラダイスウェア株式会社 代表取締役
早稲田大学第一文学部卒業。文学修士(MA)。IT業界25年目、PM歴24年目、経営歴14年目、父親歴9年目。 Webサイト/Webツール/業務システム/アプリ/組織改革など、500件以上のプロジェクトのリードとサポートを実施。「プロジェクトマネジメントの民主化」の実現...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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