本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。今回取り上げるテーマは、「社員が作った便利なツール、それは会社のもの?それとも社員の『発明』?ある判例から見えた判決のポイント」です。ソフトウェア業界では、業務に役立つツールやプログラムをご自身の工夫で作っている方も多いと思います。これが、単なる職務の一環なのか、あるいは特許を得られるほどの「発明」なのか、考えてみたことはあるでしょうか。もちろん後者である可能性は一般的には低いかもしれませんが、ある裁判の判決を見てみると、ある判断のポイントが浮かび上がってきます。
そのツールは会社のもの?発明者のもの?
今回は、初めて「職務発明」を巡る裁判について紹介しようと思います。もっとも、紹介するのは半導体ウェハー(※1)の検査に関する発明というか工夫を巡る裁判で、ソフトウェアや情報システムの裁判ではないのですが。ただ、読み進めていくうちに、もしかしたらこういうことは情報システムの運用・保守の現場などでも起こるかもしれないと考え、取り上げることにしました。
職務発明というのは、従業員が職務の範囲内で行った発明のことであり、原則として会社に権利が帰属するというものです。その発明によって利益が上がったとしても、それは会社のものとなります(真の発明者である従業員が利益を享受できるかどうかは、会社の規程あるいは雇用契約の内容によります)。
しかし実際には、この職務発明を巡って会社と従業員が権利を争うという例も過去にはありました。青色発光ダイオードの事件(※2)をご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。「たしかに会社で行った発明や工夫ではあるが、従業員の本来の職務を超えた範囲で行ったものであり、職務発明には当たらない」と従業員側が訴えるようなケースです。
私自身のことを例にとると、私は若い頃、お客様先に常駐してネットワークシステムを運用する仕事をしていました。ネットワークシステムが安定稼働しているか管理ツールを使って確認・報告する毎日だったのですが、その際、私は誰に頼まれるわけでもなくいくつかツールを作りました。一つは、管理ツールから出力される様々な数値を分析して、将来的にネットワークの帯域(余裕度)が不足してしまう危険性があるか、その時期はいつ頃かを予測するツールです。これはお客様にも喜んでもらえました。また、システムのエンドユーザーから寄せられる様々な質問やクレームを分析して、改善点を探すようなツールも作りました。
これらは、私が本来申しつけられていた業務を超えてやったことです。その時、私の頭の中にはこれが発明にあたるなどという考えはありませんでしたが、今にして思うと、もし私が退職して別のお客様先で似たような作業をする際、自分の作ったツールを便利に使って利益を得たとしたら……前の会社などから権利を主張されて紛争になったかもしれません。
実際のところ、私の作ったツールなど“発明”というほどのものではなかったと思いますし、私はそれで利益を得るようなこともしなかったわけですが、もし、もっと素晴らしいツールをシステムの保守・運用担当者が発明していたら、その権利は保守・運用担当者と会社のどちらに属することになるのでしょうか。
ちょっと前置きが長くなりましたが、事件の概要からお話ししたいと思います。
※1:半導体集積回路(IC)を製造するための基板
※2:日亜化学工業に勤務していた従業員が職務発明した、青色発光ダイオードの製造において利用できる技術について会社が特許を譲り受けたが、発明者に支払うべき正当な対価をめぐって裁判となった。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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