アマゾン ウェブ サービス(AWS)は11月5日、日本の金融商品市場の国際競争力強化に向けた取り組みに関する記者説明会を開催し、日本取引所グループ(JPX)との具体的な協業の成果を発表した。
株式会社日本取引所グループ 常務執行役員 CIO 田倉聡史氏
Amazon Web Services Managing Director, Worldwide Financial Services Scott Mullins(スコット・マリンズ)氏
冒頭、AWSのグローバル金融事業を統括するScott Mullins(スコット・マリンズ)氏は、AWSのグローバルにおける金融機関との協業について説明した。
マリンズ氏は、資本市場の根幹はグローバル共通で「信頼性の高いインフラ」にあると強調し、10年前は不可能とされたミッションクリティカルな基幹システムをクラウドへ移行する動きは、もはや当たり前になっていると指摘する。
具体的な事例として、米Nasdaqが今後10年間であらゆるマーケットをAWSに移行する計画や、ロンドン証券取引所グループ(LSEG)がAWSを主要クラウドプラットフォームとして認定し、様々な分野で協業を拡大していることを紹介した。
マリンズ氏は、これらのグローバルな実績を日本市場に適用するため、AWSとして日本独自の規制環境や市場構造を深く理解し、JPXのような主要なパートナーと連携しながら「学び続ける姿勢」と「長期にわたる投資」を継続していくと述べた。
続いて登壇したアマゾン ウェブ サービス ジャパンの鶴田規久氏は、AWSが日本市場に対し、2023年から2027年にかけて2兆2600億円の大規模な投資を行う予定であることを示した。また、東京リージョンと大阪リージョンにおいて複数データセンターで冗長性を確保する「アベイラビリティゾーン」を合計7つ構築しているとし、「日本の地震・津波リスクや、金融庁が言及する富士山噴火といった災害にも耐えうる特殊な免震構造と完全冗長化されたデータセンター仕様になっている」ことを強調した。
また、AWSは日本社会・経済の安定した基盤を提供すべく、3月に「Vision 2030」のなかで以下4つの大きな取り組みの指針を発表している。
- 戦略領域への投資拡大
- 新規ビジネスの迅速な立ち上げ
- イノベーション人財の育成
- レジリエンシーの更なる強化
1に関して鶴田氏は、日本の金融機関のIT投資がレガシーシステムの維持に90%も費やされている現状を提示し、「これを打破するためにはポートフォリオ自体を変えていく必要がある。まずはそこにフォーカスを当てる」と述べる。
また1と2に関しては、生成AIを全面活用する方針を示す。特に、エージェンティックAIの実現に向けては、ハードウェアからプラットフォーム、開発ツールまでをエンタープライズ向けに整備しているとした。
さらに鶴田氏は、金融庁が2025年6月に発表した「金融分野におけるITレジリエンスに関する分析レポート」に触れ、「障害を起こさないシステムは難しい」という前提のもと、障害が起きたときにユーザーへのインパクトを最低限に抑え、早期に回復させる「オペレーショナル・レジリエンス(運用回復力)」の考え方が重要になっていることを強調する。これに対応するため、AWSは日本語での障害対応サポートや、セキュリティインシデント、重要システム移行に関わるオンプレミス級の特別な支援体制を日本国内で整備していることを示した。
最後に、JPXの常務執行役員 CIOである田倉聡史氏が登壇し、AWSとともに進めている取り組みの成果を紹介した。
JPXは2030年までの長期ビジョン「Target2030」において、「グローバルな総合金融情報プラットフォーム」になることを掲げている。田倉氏はこの実現のために、クラウドとAIを活用したデータの利活用が不可欠であるとした。
こうした背景から、JPXはAWS上に、セキュリティ、監査、運用要件といったJPXのガバナンスルールをビルトインした専用のパブリッククラウド環境「J-WS」を構築し、その上に「J-LAKE」と呼ばれるデータレイクの環境を整備している。
J-WSの構築により、セキュリティや監査要件を基盤にビルトインしたことで、ビジネス部門がアプリケーション開発に集中でき、カーボンクレジット市場をわずか4ヵ月で立ち上げるという成果が出ている。「迅速な開発と厳格なガバナンスを両立させることが可能になった」と田倉氏は述べる。
さらに、AWSの協力による継続的なブートキャンプを通じ、JPX社員の中からAWS認定アーキテクトプロフェッショナルを育成し、社員が講師に加わる体制まで進化させるなど、自律的な人材育成にも成果が出ているという。
田倉氏は、ミッションクリティカルなシステムをクラウドに適用する上での最重要課題として、「説明責任(アカウンタビリティ)の確保」を挙げる。これを実現するため、「インシデント発生時に、金融庁や投資家に対して、いつ、どの粒度で情報開示できるか」という、実務的かつ深いレベルの議論を継続してきたという。
こうした議論の結果、AWSのインシデント対応サービスである「AWS Incident Detection and Response(IDR)」の日本語サービス開始が実現。JPXは今後、主要株式売買システム「arrowhead」や上場会社の適時開示情報伝達システム「TDnet」などでIDRの活用を予定しており、金融インフラ企業としての説明責任の担保を技術的、体制的に確立するとしている。
このような実績を踏まえ、JPXは同日、TDnetをJ-WS上に構築する計画を発表した。適時開示は、株式市場の公正性と投資家の信頼を維持するための根幹的な機能を有するため、TDnetは売買システムや清算システムなどに次ぐ重要性を持つ準基幹システムである。ミッションクリティカルなシステムであるTDnetをJ-WSに移行することで、同システムのさらなる安定性とレジリエンスの向上、さらにサイバーセキュリティ対策の強化を図るとしている。
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