規制が厳しい医薬品製造業界で、“偶然”を追い風にAI活用を推進 「バッドインフルエンサー」への対処法
武州製薬が進めた「口コミ」で広めるAI活用浸透までの道筋
AIが責任転嫁のツールに……活用が進んで見えた現状課題
順調に見える普及の裏には、DX戦略部門を悩ませる罠があったという。上野氏は、これを6つに分類している。まず、導入において出てきた1つ目の罠が、ChatGPT派やCopilot派といったAIツールにおける派閥争いだ。最終的には、JAPAN AIによるセキュアなAI活用環境を整えたことで、この課題を乗り切ったとしている。
2つ目の罠として同氏が挙げたのが、バッドインフルエンサーの存在だ。影響力の大きい層が、うまくAIを活用できなかった際に「これは役に立たない」と吹聴するケースだ。これは、前述したようなネガティブキャンペーンが広がる要因にもなってしまう。これに対しては、周囲の若手に「新しいものを否定から入る人は必ずいる」と先回りして耳打ちし、ネガティブな発言のみを真に受けすぎないように働きかけたという。
3つ目の罠が、従量課金の恐怖である。従業員にAI活用によるコストを意識させすぎると利用が控えられ、結果的に無料の危険なツールに流れてしまう危険性があった。そのため、無駄な使い方は監視しつつも「どんどんトライしていい」というメッセージを発信し続けたとのことだ。
4つ目の罠は、“AI妄想先行者”の存在。AI利用に慣れてきた層が「AIは何でもワンクリックで解決してくれる」と過信し、過度な要求を突きつけてくるというものだ。この罠に対しては、現在の技術的限界を丁寧に説明し、期待値をコントロールしていった。
5つ目の罠を、上野氏は「AI隠れ蓑症候群」と表現する。この罠は、AI活用が進んだことにより、同社が現在進行形で直面している課題だという。たとえば、会議などで「AIがこう言っているからこう判断した」と、AIから出力された情報をすべて鵜呑みにしてしまうケースが出てきているとのことだ。
最後に、6つ目の罠として「プロンプト迷宮の住人」が挙げられた。これは、AIエージェントを作成すること自体が目的化し、朝から晩までプロンプトを作り続け、結局誰も使わないものを生み出してしまう人のこと。上野氏自身もこの罠にはまりかけているとしながら、本当に必要な機能は何か、現場社員の声なども聞きながら整備している最中だとした。
なお、武州製薬におけるAI活用において、特に成果をあげている部署のひとつに品質保証部があるという。品質保証部とは、製造現場がルール(GMP)通りに製品を作り、規格通りに検査を行い、トラブルなく工程を完了したかを確認し、最終的に「出荷してよいか」をジャッジする部署。顧客である医薬品メーカーへの報告や、トラブル時の対応など、膨大なドキュメントと各国の法律・ガイドラインを日常的に扱う。そういった日常業務にAIを活用し、今では品質保証部がDX戦略部に次いで利用量が多い部署になっているという。
最後に、AI活用による今後の展望として上野氏は「業務構造の変化」を挙げる。現在、医薬品製造の現場では「作業者・確認者・承認者」という3人の人間が目視でチェックを行う工程が存在するが、その業務構造にメスが入る可能性があるのだ。
「ゆくゆくは、この人間の役割の一部をAIが担い、AIによるチェック体制を構築できればと考えています。現状は規制の壁があり許容されていないものの、人間が行うよりもAIのほうが精度が高いことを証明していくことで、将来的なルール変更と業務の抜本的な改革が実現できるのではと思います。
生成AIは、ITが強い会社だけのものではありません。DXが進まないような、いわゆるザ・製造業の会社ほど、生成AIの活用はシンプルで効果的ではないでしょうか。医薬品製造業におけるGMPのような厳しい制約は、決してAI導入を阻むものではなく、むしろその制約があるからこそ、AIを正しい形で作ることができる。弱いところだからこそ、AIは頼れる『先生』になるはずです」(上野氏)

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