本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。今回は、ITシステムの著作権が争われた裁判を取り上げます。ある医療用のシステムをめぐって、そのシステムのアイデアを考えた医師と、実際にシステムを形にしたベンダーが対峙しました。裁判所はどのような判断を下したのでしょうか。
医師が考え、ベンダーが作ったシステム
システム開発プロジェクトにおいて、ユーザー企業の担当者や経営者が「このシステムは我が社が作ったものだ」と思っているケースは少なくありません。
たしかに、要件を定め、費用を負担し、運用しているのはユーザー側です。しかし著作権法の観点から言えば、「作った」という事実はもう少し厳密に解釈されます。
今回は、ある医師が自ら考案した医療用画像診断システムをめぐって、その医師と勤務先の医療法人との間で著作権が争われた裁判を取り上げます。この事件には、システム開発の実務に関わるIT技術者にとって、非常に重要な示唆が含まれています。
大阪地方裁判所 令和7年2月17日判決
大阪府内の一般財団法人(結核を主とした疾病の予防・診断・治療事業を行う医療機関、以下「被告」)に勤務する内科医師が自身の経験と知見に基づき、画像診断の読影・判定方法を体系化した論文を執筆し、これをシステム化すべくフローチャート(本件作品2)と画面レイアウト(本件作品3)を作成してITベンダーに開発を委託した。医師はプロジェクトの中心メンバーとしてアドバイザーも務めた。
医師とITベンダーの間では「秘密保持および知的財産権・著作権についての覚書」が締結されシステムの改変には医師の許可を要するとされていたが、その後、医師が法人を退職する際、この覚書の延長・強化をITベンダー求めたところこれを拒否された。これに対して医師はITベンダーの使用許諾の解除を通告し訴訟に至った。
事件番号 令和5年(ワ)第11871号
ベンダーは「ユーザーのアイデアを言語化しただけ」なのか?
医師の主張の根拠はシンプルです。このシステムの根幹にある画像診断の方法論──「読影 → 所見の分類 → 疾病の確定 → 指示」という診断プロセスの体系化、複数の検査画像を経時的に比較するという発想、そのフローチャートによる図示……。これらは、すべて原告自身が考え出したものです。「ベンダーは、あくまでそれを『プログラムという言語に翻訳した』に過ぎない、システムの設計思想は自分のオリジナルであり、ベンダーはその実装を請け負っただけだ。自分はこのシステムの生みの親であり、著作権者である」と主張しました。
一方、ベンダーの主張は「あくまでも、実際にシステムを作り上げたのは自分たちだ」と主張します。たしかに、実際に手を動かしてモノを作ったわけですから、そう主張したくはなるところです(※)。
※ちなみに、両者の間で交わされた覚書や内部文書には、「著作者を医師とする」旨の記載があったようです。しかし、ベンダー側はこれについて、「それは当時のアドバイザーという職位に鑑みた『社内的な運用ルール』を定めたに過ぎず、法的な著作権を認めたものではない」と主張しています。
さて、アイディアを創出した医師と実際に言語化したベンダー、著作権はどちらに帰属するのでしょうか。判決の続きを見てみましょう。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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