筆者は現在、UISS(情報システムユーザースキル標準)やITSS(ITスキル標準)を活用した人材育成の仕組みづくりのコンサルタントをしています。この連載では、ITSS/UISSの意味や目的を読者に理解してもらい、今後のキャリアデザインの一助としていただきたいと考えています。 前編は、「スキル標準」のお話をする前に、現在の日本が直面している、IT人材育成を取り巻く危機的な状況を、昔話も交えながらお話したいと思います(後編はこちら)。
はじめに~自己紹介
筆者の職歴はユーザー企業のIT部門に始まり、国内ITベンダ、その後は日本オラクルに11年勤務していました。
過去を振り返ると、様々な環境で様々な役割をこなしてきましたが、日本オラクル時代も含め、長い間エンジニアとして現場を歩いてきました。人事や人材開発などの部署に属したことはなかったのですが、マネジメントとして一番頭を悩ませていたのが「後進の育成」でした。
若手の多くは、入社して2、3年経つと社内の一通りを分かった気になり、もうやることが無くなったように感じたり、ここにいては成長できないのではないかと思うようになって、飛び出したくなってくるのです。また、仕事上で他社のエンジニアと接したりすると、余計にその気持ちが加速してしまう傾向があるようでした。
考えてみれば、自分自身も常に会社から与えられた仕事だけをこなしているような社員でした。自分のやりたいことは何か、どうなりたいかは、自分の中ではっきりしていたわけではありません。それなのに若手からキャリア相談される立場になり、とてもではないが、自信を持って指導できる訳は無いと思っていました。
何度も挫折を繰り返し、どうしていいか分からないと停滞感を感じていた時、経済産業省からITSSがリリースされたのです。早速、経営者に人材育成の重要性と、そのベースとなるITSS導入の必要性について説得しました。日本オラクルも成長期のような右肩上がりの業績を続けるのは難しくなっており、しかも新卒入社のメンバが、かなりの社員数を占めるようになっていました。よって、いかに人材育成が重要かを再認識するところに来ていましたので、筆者の提案は割合すんなりと受け入れられることになりました。これで、今までの自分の経験が生きてくるという展開がスタートしたわけです。
さて、前置きはこのくらいにして、早速、本題に入りましょう。
基本設計とは「画面と帳票を作ること」?
今から述べるのは、ある5,000名以上の社員を抱える大手SI企業で本当にあった話です。
人材開発の責任者の方が筆者のところに来られて、「自社の中堅・ベテランエンジニアが、基本設計をこなすことができない」と言うのです。まさかと思いましたが、まずは、筆者が93年頃、松下電器産業の依頼を受けて作成した「システム分析」のコースを実施することになりました。
ちなみに、このコースは、松下電器産業の研修センター(大阪府枚方市)で、グループ企業を含めて20回以上実施し、それ以降も日本HP、日本オラクルなど多くで実施している実績あるコースです。内容は、よくある理論だけの内容では無く、システム構築の上流工程で、実際に筆者がコンサルティングしてきた内容をベースにしている実践的なものです。
20名のリーダー、プロジェクトマネージャクラスの方を集めていただき、その3日間のコースを実施しました。コースの初日に受講者の皆さんに色々と質問をしていきます。
「Enterprise Architectureを知っていますか?」
「要求分析、機能分析のモデリングの時に、ロジックツリーを使いますか?」
「データ分析では、ERモデルを使いますか?」
「Data Flow Diagramを書いたことがありますか?」
ところが、驚いたことに、これらの殆どの答えが「No」でした。質問した内容は、システムの基本設計では必須の内容ばかりです。また、基本設計は「画面と帳票を作ることです」と言った方もいました。まさに、責任者の方が言った通りなのです。前半レクチャーで後半ワークショップの3日間のコースをどうやって進めようかと、一瞬目の前が真っ暗になりました。
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高橋 秀典(タカハシ ヒデノリ)
株式会社スキルスタンダード研究所 代表取締役。1993年日本オラクル入社。研修ビジネス責任者としてオラクルマスター制度を確立させ、システム・エンジニア統括・執行役員を経て2003年12月にITSSユーザー協会を設立。翌年7月にITSSやUISSを企業で活用するためのコンサルティングサービスを提供するスキルスタンダード研究所を設立。ファイザー、リクルート、アフラック、プロミス、ヤンセンファーマなどのコンサルティングの成功で有名。ITSSやUISS策定などIT人材育成関係の委員会委員を歴任し、2006年5月にIPA賞人材育成部門受...
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