収益の認識とはどういうことか
――そもそも会計処理における収益の認識とはどういうことでしょうか。
友田:企業が商品やサービスを販売して対価を得たとき、財務諸表にいつ、いくらでどのように記録するかを定めたルールです。日本では2015年3月から新ルールの整備が始まり、2018年3月に「収益認識に関する会計基準(以降、収益認識基準)」として公開されました。2021年4月から適用開始が予定されており、全ての企業が準備を進めなくてはなりません。
実は、これまでの日本では企業会計原則に、「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」という一文があるだけで、ほとんどルールがないに等しい状態でした。
山田:収益は利益と混同されることもありますが、平たく言えば売上、すなわち損益計算書のトップラインにある売上高のことです。入金とも違います。少し難しくなりますが、売上や費用は事実が起きたことに基づき、実際のお金の動きとは関係なく認識し、財務諸表に記録する必要があるのです。売上の場合は実現したタイミング(費用の場合は発生したタイミング)になります。入金は事実として現金が入ることなので、支払われたタイミングで認識できますが、売上の場合はいつ認識するかを統一ルールとして細かく定める必要があります。
友田:例えば、企業間の取引で「月末請求・翌月払い」の場合、売上への計上が先で実際の入金は後になりますよね。細かい話をすると、工事契約やソフトウェアの場合は会計基準等のルールがあったのですが、一般的な商品やサービスの取引については詳細なルールがなかったのです。ですから、同じ種類の商品を販売する取引でも、A社では商品出荷時点で売上を計上していたり、B社ではお客様が商品を受け取った時点で売上を計上していたりと、各社でばらつきがありました。
――それでは同業の二社の財務諸表を比較しても、正しく評価できませんね。
友田:実は米国の場合、日本とは異なる事情で包括的な収益認識基準が必要になりました。米国では従来から収益基準が定められていたのですが、業種別の詳細なものでした。これでは業種を超えた企業同士の比較可能性が損なわれることになるため、包括的な収益認識基準が必要になったのです。同時に米国会計基準を国際会計基準に合わせようというトレンドが進行していたこともあり、その後押しを受ける形で新基準の制定が進みました。
――日本企業の会計処理はどう変わるのでしょうか。
友田:ルールらしいものがなかったところに新基準ができたわけですから、全てが変わると考えてください。売上は全ての企業の取引に関わるので、影響も全ての企業に及ぶことになります。
製品の場合、基本的には所有権が移転したタイミングで売上を計上することになります。先ほどの例で言えば、出荷時点で売上を計上していたA社は、お客様が商品を受け取った時点で売上を計上しているB社と同じ会計処理に変更する必要があります。検収が必要な設備の場合の収益認識は、検収完了後です。サービスの場合はもっと複雑で、お客様が便益を得たタイミングで計上しなくてはなりません。SaaSのようにソフトウェアを年単位で提供しているとすると、契約期間に応じて月単位に分割して売上を計上する必要があるかもしれません。
売上は5つのステップで計上
――それは前払いを後払いにすることで収益認識が変わるということでしょうか。
友田:いいえ。収益認識自体は新基準になっても変わりません。山田の話にもあったように、前払いで料金を回収していたとしても、入金と売上は別です。売上はサービスによる便益が実現したタイミングで認識し、処理を行います。そのタイミングは顧客が便益を受け取った時点と考え、月単位に分割するか、完全にサービス提供が終わった時点で「実現した」と考えます。
山田:スポーツジムの契約で考えてみましょう。1月から3月までの利用券をお客様に3万円の前払いで購入してもらいました。ジムを経営している会社にとって、この3万円は単に先にもらったお金にすぎません。一旦は前受金に計上し、毎月1万円を売上に振り替える処理を行います。逆に後払いの場合は未収金という扱いになり、毎月1万円の売上と未収金を計上することになります。注意するべきは、前受金や未収金はあくまでも現金の動きにすぎないということです。売上を計上するには、便益を提供したことが実現したかどうかが重要になります。
友田:この例の場合、お客様が得られる便益の合計は前払いでも後払いでも変わりません。会社の規模によって変わるかもしれませんが、おそらく現在利用している会計システムでも対応しているでしょう。一方、新基準では、5つのステップで収益認識の基本原則を定めています。2021年4月以降はこれに従って売上計上の処理を行うことになります。
――その5つのステップについて解説していただけますか。
友田:ごく簡単に説明すると、図1で示すようにそれぞれのステップで次のような処理をする必要があります。
ステップ1:契約の識別
どんな商品やサービスを売買する取り決めがなされたかを確認することです。
ステップ2:履行義務の識別
その契約の中にお客様に提供する便益がいくつあるかを評価することです。場合によっては、これまでよりも細かい単位に契約を分けることになります。例えば、家電量販店でPCを購入したとしましょう。購入時に5年間の保証サービスを付けた場合は、製品本体と保証サービスの二つに契約を分割します。
ステップ3:取引価格の算定
その契約をいくらで販売するかを算定することです。先ほどの例だと、製品本体と保証サービスの合計金額になります。
ステップ4:履行義務への取引価格への配分
難しく聞こえるかもしれませんが、前述の便益ごとにそれぞれの価格がいくらになるかを決めることです。先のPCの例で言えば、製品本体の価格と保証サービスの価格をそれぞれ算出します。
ステップ5:履行義務の充足による収益の認識
これも難しい言葉ですが、売上をいつ計上するかを決めることと考えるとわかりやすいと思います。PCの例で言えば、製品本体はお客様に商品を引き渡した段階で売上を計上できますが、保証サービスが5年保証だとしたら、5年分に分割して均等に計上しなくてはなりません。
山田:端的に言えば、製品とサービスを同時に提供するならば、それぞれを分けよう。それぞれについて適切なタイミングで売上を計上しようということです。
最も影響が大きいのは「製品とサービスのセット販売」「ポイント付与の管理」
――新基準の適用はあらゆる企業に及ぶということでしたが、特に大きな影響がありそうなところはどこでしょうか。
友田:たくさんありますが、業務やシステムに影響が及ぶところを挙げると大きく二つあります。一つは先ほどのPCの例に出てきた製品とサービスをセットで販売している場合です。今までは販売時点で販売価格の全額を売上に計上していたと思いますが、サービスは分けて計上する必要があります。例えば、販売価格が10万円だとして、本体価格が8万円、5年間の保証サービスが2万円だとすると、2万円を含めた10万円を売上に計上することはできません。1年目に売上計上できる金額は8万4000円となり、10万円全てを計上できるのは5年目となります。5年間を通して見ると売上はこれまでと同じですが、1年目の売上は今までよりも減ることになります(図2)。
友田:もう一つが製品やサービスの購入金額に応じてポイントを付与している場合です。例えば、10万円のPCに1%のポイントを付与して販売したとしましょう。実はこの100ポイントはサービスの提供と同じとみなされることになるのです。今まではポイント引当金として、売上とは別に将来使われるポイントの価値を費用として計上していたのですが、新基準では売上から控除する必要があります。ポイントに関する売上計上のタイミングはお客様が実際に100ポイントを使用した時点となります(図3)。
友田:顧客視点ではポイントをもらえるから買う。だとすると、ポイントにも価値があるのでサービスとして振り分けようという理屈です。
山田:おそらく最も複雑な処理が必要になるのがポイント管理になるでしょう。個人単位で管理する必要がありますし、付与したポイントの中には失効するものも出てきます。100ポイント分を売上に計上できるのは全部使われた場合に限ります。過去の実績から企業ごとにどのぐらいのポイントが使われるかが異なるはずですから、その傾向を踏まえてポイント価値を算定する必要があり、非常に複雑な処理になると思います。
友田:そのポイントが自社でしか使われないものならいいのですが、他の会社でも使えるような共通ポイントの場合はさらに複雑になります。厄介なことに、小売業で来店ポイントを発行しているようなケースは今まで通りポイント引当金に計上しなければなりません。
まとめると、契約の分割のところとポイント管理の2点が最も影響が大きく、システムも含めて適用に向けて準備が必要になります。国内では既にプロジェクトを立ち上げて進めているところもあります。
IT部門や営業部門にも大きく関係
――それぞれの企業で事情は違うと思いますが、企業はどんな順序で準備を進めるべきでしょうか。
友田:収益認識に限った話ではありませんが、私たちは「分析」「設計」「導入」と進めることを勧めています。
○分析フェーズ
すべての取引を対象に影響を受けそうなものを洗い出し、現状を理解することです。加えて、新基準を適用した場合、業務やシステムへどのぐらい影響が出るかを調べ、対応策を検討します。例えば、小売業で先ほどのポイント管理に現在のシステムが対応できないなどの問題が明らかになった場合は、システム導入を含めて業務をどう変えるのか、方針を決定します。
○設計フェーズ
どんなデータが必要か。必要なデータを入手可能なのか。その上で、業務システムの要件を定義し、システム、ツールを導入するのであれば選定を進めます。
○導入フェーズ
ツール導入あるいはシステム開発、必要に応じて新システムの使い方のトレーニングまで行います。
――2019年末時点での日本企業の対応状況をどのように見ていますか。
友田:2021年4月から新基準の適用が始まるので、新基準の理解に加えて分析フェーズのタスクを進めているところが多いですね。そこから先のシステム対応は企業により事情が異なるでしょうから、新しいシステム、ツールを導入するか、既存システムの改修を行うかを決定するまでには少し時間が必要です。理想を言えば、システムでの対応は1年前(2020年4月)には完了させておきたいところです。1年間は並行して新旧のシステムを動かし、翌年の本格稼働に備えることができるからです。
収益認識基準は、決して経理部門だけの対応で済むテーマではでありません。特に重要なのが営業や契約管理部門、IT部門との連携です。経理部門がリードするとしても、プロジェクトではできるだけ早期に関係部門との協力体制を構築し、部門横断的に進めていくことが不可欠だと思います。