ライオンのDXを牽引する黒川博史氏 成功の秘訣は「アナログでの信頼醸成」と「現場の納得感」
CESで受けた衝撃を糧にスモールスタートで始まった“経営と共創”する変革

”健康で快適な生活”に欠かせないブランドとして、多くの人に親しまれるライオン。消費財メーカーとしてモノづくりに取り組んできた企業が、DXによって大きく変化しつつある。その牽引役を担うのが、黒川博史氏率いるDX推進部だ。前身であるデータサイエンス室では1年足らずで2つのAIプロジェクトを完遂。全社組織となった現在、さらに取り組みを広げつつある。その推進力の理由、そしてDXの組織設計や課題設定などについて伺った。
米国CESで受けた衝撃が起点。危機感からライオンのDXに取り組む
ライオンの創業は1891年(明治24年)。以来、歯磨き剤などのオーラルケアをはじめ、ビューティケアやメディカルケア、洗濯・掃除用の洗剤類など、様々な事業・製品を展開し、日本人の生活に欠かせないナショナルブランドに成長してきた。その背景には、長年にわたる研究開発で培った揺るぎない技術力があることは間違いない。今回お話を伺ったDX推進部長黒川氏も、そんなライオンのモノづくりに共感を覚えて研究者を志した一人。2007年に入社後、基礎研究となる油脂に関する検証研究に携わってきたという。
しかし、そんな黒川氏に突如として転機が訪れる。2017年に社内の「デジタル・イノベーション・プロジェクト」のメンバーに選出され、参画することになったのだ。
「デジタルに関する課題を調査し、経営層に優先課題として答申するという1年間限定のプロジェクトでした。私はもともと好奇心が強く、以前からデジタル活用には興味があって、職場でもAIやIoTなどの話をすることが多かったのです。メンバーにアサインされたのも、それが理由だと思います」(黒川氏)
そして、情報収集の一環として視察に訪れたのが、2018年1月に米国・ラスベガスで開催された「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」だった。前年のCESで登場したAmazonの音声アシスタント「Alexa」が大きな話題となり、一気にAI活用への関心が高まっていた頃だ。このとき黒川氏は、CESで「Alexa」の対抗として登場した「Google Home」に再び衝撃を受ける。
黒川氏は、「当時Googleは、私にとって『検索エンジンの会社』でしかありませんでした。しかし、家をつくり、家電をつくり、CS(顧客満足)を極めようと、私たちの領域でもある”暮らし”の中へ入ってこようとしている。それが実感として感じられ、大きな危機感を持ちました。その体験や実感をそのまま本社に持ち帰って伝えたところ、まず返ってきた言葉が『危機感はわかった。では何を準備すればいいのか』という問いでした。今にしてみれば、それがきっかけであり、スタート地点だったと思います」と振り返る。
しかしながら、黒川氏は冷静だった。焦りや危機感に任せて闇雲に動くのではなく、様々なデータを集めて分析し、その上でライオンとしての”武器”を持つべき。そうした思いから発足させたのが、2019年に立ち上がった「データサイエンス室」だ。
「デジタルの活用といっても専任部署もなければ、データを集めて分析するルールも環境も整っていませんでした。幸い研究所には統計を得意とするメンバーが多く、AIや機械学習などの専門知識を有する人もいて、人材面での苦労はなかったのですが、パソコンのスペック不足やクラウド仕様のルールなどインフラの課題解決から始める必要がありました。最も苦労したポイントは課題設定です。経営層からは『AIで何かやれないか』というリクエストでしたが、AIはあくまで手段であり、まずは解決すべき課題こそが大切であるということを伝え、理解してもらう必要がありました」と黒川氏は語る。
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伊藤真美(イトウ マミ)
フリーランスのエディター&ライター。もともとは絵本の編集からスタートし、雑誌、企業出版物、PRやプロモーションツールの制作などを経て独立。ビジネスやIT系を中心に、カタログやWebサイト、広報誌まで、メディアを問わずコンテンツディレクションを行っている。
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
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