ロシア、中国の影響工作を読み解く
続いて齋藤氏は、実際の影響工作について国ごとに紹介した。まず、ロシアでは1919年にウラジーミル・レーニンが提案した「コミンテルン(Communist International)」が興り、1960年頃から相手の意思決定を誘導する「反射統制」という理論に基づく影響工作を展開。例として、1980年代の「核の冬」のナラティブやAIDS関連のデマが挙げられる。最近の影響工作はロシア国民やウクライナに対してだけでなく、旧ソビエト圏、欧米や国際社会にも幅広く行われているという。
ロシアの影響工作の組織構造はウラジーミル・プーチンを中心としており、同氏が元KGB(ソ連国家保安委員会)であったことから、後継組織であるFSB(ロシア連邦保安庁)やSVR(ロシア対外情報庁)とのつながりは強く、その配下にハッカー集団「APT29」がいる。さらに、ワレリー・ゲラシモフなど、軍中枢を担う人物を通してハッカー集団「APT28」とのつながりも見られるという。ランサムウェアの攻撃アクターがFSBと関連があるという指摘もあり、現在、ロシアには影響工作を行う17のグループが存在するとされている。講演では、ロシアのデジタル影響工作の一例として、下図のように2016年の米大統領選でのプロジェクト・ラフタが説明された。
また、中国による影響工作について、齋藤氏はオーストラリアの被害実態を暴いた書籍『目に見えぬ侵略:中国のオーストラリア支配計画(原題:Silent Invasion: China’s Influence in Australia)』(クライブ・ハミルトン、マレイケ・オールバーグ著)を紹介。同書をひも解くと、中国共産党は「華夷秩序」と呼ばれる中国を中心とした世界再構築を試みているとされ、それに加えて中国共産党の体制維持に注力しているとのことだ。
中国の影響工作は、1942年の中央統一戦線工作部の発足が原点とされ、文化大革命で中断されたものの1976年に復活。現在では、中心的な役割を担っていると考えられている。また、1999年には、いわゆるグレートファイアウォール(金盾)が完成し、国内の情報統制もされている。2003年にはPLAの政治工作条例に世論・心理・法律という三戦の任務が追加された。2006年には、海外の機微技術を窃取するため、サイバー攻撃力が増強された可能性があるという。
2009年には北京五輪にあわせて、中国の主張を対外的に宣伝し、国家イメージの向上や国際環境の改善を図るキャンペーン「大外宣」を実施。2010年にGDP世界第2位となると、2013年の習近平体制が発足したことで“強気の政策”を打ち出しはじめている。なお、組織構造についてはオープンソースを元に齋藤氏は作成するも、「公開するだけでも身の危険を感じる」として投影するに留めた。
他にも、日本国内でのデジタル影響工作の事例も紹介。国内企業の事例では、老舗企業が乗っ取られてしまったケースも紹介された。最後に齋藤氏は総括として「何が脅威であるかを見極めること」「戦争という概念を現代において再定義すると、現状は、もはや有事であること」「豪州には学ぶべきことがたくさんある」などを挙げると、「平和主義を掲げる日本こそ、武力紛争に至らぬように『情報戦』の能力向上が必要だ」と提言した。