スタートアップが大企業の救世主に:PoC脱却の糸口
続くパネルディスカッションのテーマは「AIビジネスの実態」。実際に民間企業でAIソリューションを提供する岡田氏は「日本の大企業はAI導入の余地が極めて大きいです」と指摘した。AIの適用領域はこれまでホワイトカラーの業務が中心だったが、最近ではフィジカルAIの登場によってブルーカラーの領域にも広がりつつある。「よく『AIでその問題は解決できない』と言われますが、詳しく聞いてみると『実は解決できる』ケースが多い。π0のようなロボティクスの進展もあり、適用領域はどんどん広がっている状況です」と岡田氏は説明した。
一方で、日本企業におけるAI活用は「実証実験はもう十分だ」という風潮になりつつあることに言及。「AI関連事業における大企業とスタートアップの関係は、これまで『POC(概念実証)』の段階で多く構築されてきましたが、そろそろ具体的な実装に踏み出す段階に来ています。これが現在の1丁目1番地の課題ですね」と語った。
AIテクノロジーが急速に進化する状況下で、企業はどのように人材を確保すべきか。岡田氏は「あまりにも技術の進化が速すぎるため、大企業でも自社人材だけで対応するのは困難です」とし、大企業がスタートアップと業務提携をしたり、KDDIのELYZA買収のようなM&Aによってより協働しやすい関係を構築したりすることで、外部知見を取り込んでいくことの重要性を強調した。
さらに同氏は「短期的な対応と長期的な人材育成をバランスよく進める必要がある」とも指摘。「10年かけて人材を育成しても、その頃にはビジネスモデルが変わっている可能性が高いです。技術面、ビジネス面、ガバナンス・倫理面を含め、自社でケイパビリティを持つことが重要ですが、そのためにも外部との連携がカギになります」と述べた。

松尾氏も「最近はデジタルやAIに詳しい人が取締役や社長に就任するケースが増えています。これは各企業がデジタル・AI戦略を重視していることの表れでしょう」と話す。米国や中国ではAI活用が進んでレッドオーシャン化している一方、日本はまだAIが十分に行き渡っておらず伸びしろが大きい。だからこそビッグテックや米国のスタートアップにとって日本市場は非常に魅力的に映っているという。「日本におけるこれまでのAIに関する取り組みは悪くなく、この調子でさらに加速していくべきです。スタートアップとの連携も徐々に増えていますし、良い流れができていると思います」と説明した。
江間氏は「AIガバナンスやAI倫理はCSR的なものではなく、ビジネス戦略として取り組むべきもの」という岡田氏の考えに同意し、「以前から岡田さんはAI倫理をビジネス戦略として捉えるべきだと主張されてきましたが、まさにそれが現実になっています。ESGの評価項目としてAIガバナンスが含まれるようになり、監査の項目にも入りつつあります」と、AIガバナンスの重要性が市場からも認識されつつある現状について触れた。
ビジネスへのAI活用は転んでみないとわからない、まずは挑戦を
3つ目のパネルディスカッションテーマは「人材育成」。AIやデジタル分野を中心とした教育プログラムを開発・提供するzero to oneの代表取締役CEOを務める竹川氏は、JDLAが実施するAI人材育成の取り組み状況を紹介。「G検定(ジェネラリスト検定)は10万人超え、E資格(エンジニア資格)は9,000人を超えている。重要な点として「地域への広がりが始めていること」を挙げ、地方自治体のKPIにも採用される事例が出てきていると説明した。
一方で、企業へのヒアリングから「DX戦略やAIデータ活用に向けた全社戦略は整備されつつあるものの、推進人材の定義や活用状況はエンジニア側とビジネス側で二分化しています」と分析。竹川氏によれば、エンジニアではAI活用に向けた職種や評価体系が整備されはじめているが、ビジネス側では現場でAI活用の課題整理やシナリオ構築を行う人材が決定的に不足しているという。実際、ある企業の求人票では『生成AI活用推進担当』というビジネス側で活躍する人材を募集しているにも関わらず、コーディング経験などのエンジニアスキルを求めるようなアンバランスな状況が生まれていると説明した。
竹川氏はこうした課題を踏まえ、「G検定・E資格はどうあるべきか」「ビジネス側の活用人材は何を学ぶべきか」といった議論のテーマを掲げた。

岡田氏はこれを受け、「ビジネス側の活用人材にとってはG検定などの資格を取得した上で、スタートアップとの仕事経験を積むことが重要です。失敗してもいいから実践を通じてナレッジを蓄積していくべきだと思います」と提案する。
江間氏も「失敗しても大丈夫という文化・土壌にチャレンジする部署として意識づけること」の重要性を述べる。「生成AIの使い方は部署のカラーやデータの状況によって異なるので、まずはやってみて転ばないと分からないことも多いです。日本の組織文化では失敗を恐れる傾向がありますが、セカンドチャンス・サードチャンスがあることを示し、シミュレーションや研修を通じてチャレンジする意識を育てることが大事だと考えます」とコメントした。
最後に松尾氏は、JDLAの資格制度について「エントリーをもっと広げること、そしてエンジニア志向とビジネス志向の異なる学習パスを設計すること」の重要性を指摘。「G検定を入口としつつ、企業の中でどう動き、どのようなプロジェクトで成果を出せば会社の価値につながるのか考えて実行できる人材を育てることで、日本全体が変わってくるのではないでしょうか」と展望を語った。