コロナ危機で仕込んだ「DXのタネ」が花開いた旭化成ホームズ “紙文化”残る不動産業界での奮闘劇
「結果に責任を持つIT部門をつくる」リーダーが示す“経営にコミット”するカルチャーの重要性
コロナ禍に仕掛けたDXの成果とは:経営は立て直せたのか?
このような実績を経て、より事業全体のDXを推進することを目的として、業務改革・IT戦略本部は「DX・IT推進本部」と改称され、中村氏が本部長として全社DXに携わることになった。マーケティング領域のプリンシパルエキスパートにも任命され、全体のDX推進とマーケティングの相乗効果を発揮することを目指している。
DX・IT推進本部の直下には、システムの開発や運用保守を担当する「IT開発部」、各事業側のDX施策の投資審査・推進・効果検証を担う「DX推進部」、インフラやPC、ネットワーク、セキュリティなどガバナンス領域を担う「IT企画部」に加え、AIの探索やデータを活用した施策からアウトカムを生み出す役割をもつ「データ戦略部」などを新設。次世代CADシステムの開発を担当する「次世代CADプロジェクト」も立ち上がっているという。
中村氏は、DX推進において意識していることについて「『つくって終わり』ではなく、売上や顧客価値の向上にどれだけ貢献したかを可視化し、責任を持つ姿勢が重要だと捉えています。現時点では、DXに込められた期待に十分応えられているとは言えませんが、DX・IT推進本部の役割を明確にしたことで部門としての意識も変わりつつあるように感じます」と語る。実際のDXプロジェクトを進める際には、顧客に近い営業・設計・工事・アフターサービスといった現場からのリクエストに応え、その上で全体最適を意識しながら調整することを心がけているという。「現場に対して『DXを進めるからよろしく』と一方的に押しつけるような姿勢では受け入れてもらえません。まずは信頼を勝ち取ることが変革の第一歩です」と強調した。
コロナによって閉鎖していた住宅展示場も現在は復活し、同社が本来強みとしている対人営業力も以前のように発揮されているという。そこに加えて、マーケティングチャネルや営業活動のデジタル化も定着し、そこから得られたデータを分析することで、施策もしくは事業そのものの改善や最適化につなげられていると話す。
たとえば、受注数の大幅な減少に危機感を抱き、売上利益を上げるためにブランドポジショニングを大型高級化・高付加価値路線に転換する判断を下したのも、コロナ期間中のことだ。その結果、2019年と比較して、2023年の取り扱い棟数は4割減ったものの、単価が6割上がり、売上利益を同水準にまで引き上げることができたという。さらにポジショニングの変更にともなって顧客層も変化。特に感性価値を重視する層に対応するため、画像の訴求力向上やコミュニケーションの質・量を改善しつつあると話す。それがかなえば、さらに営業への見込み客誘導に貢献し、売上・利益の向上に貢献するだろう。
中村氏は、「営業手法のデジタルシフト、ブランドポジションの変化、そして顧客像の変化――これらの変化に対応してきたことで、2021年以降は4年連続で過去最高売上を更新しています。コロナ禍の厳しい時期を越え、なんとか踏みとどまることができたのは、DXに舵を切ったおかげです」とその価値を強調した。
紙文化の根強い不動産業界にメス! 地主を巻き込んだアプリ施策
SFAを中心としたDXによる社内プロセス改革と並行して、対社外のコミュニケーションにおいてもDXを進めている同社。物件のオーナーや入居者とのコミュニケーションを高度化する目的で注力しているのがアプリケーション施策だ。
2020年にローンチされた賃貸物件の入居者向けアプリ「My Concier(マイコンシェル)」は、入居者が入居案内や契約情報を確認でき、住まいのトラブル対応や優待サービス、暮らしのサポートサービスなどがアプリ上で受けられるものだ。利用率は66%と高く、入居者向け福利厚生サービスの利用は年間10万件以上に上る。またFAQやチャットボットなどにより、電話対応が減り、業務効率化にもつながっているという。2026年度中には電子契約の導入を予定しており、不動産仲介会社の協力を得て、入居申し込みをアプリを通じて行うことで登録・利用率を100%近くまで上げる計画だ。
2024年4月には、地主・オーナー向け「WealthPark」アプリをローンチしている。このアプリは、不動産業界で未だに根強く残る紙文化によって、地主・オーナーとやり取りする営業担当者の顧客対応が属人化し、ベテラン担当者の異動や退職時に顧客満足度が下がってしまう問題を解消するために開発された。アプリで応対履歴を残し、担当者が変わっても前の状態を引き継げるようにした。高齢のオーナーが多いものの、地主やオーナーの親族にもアプローチして利用率を上げているという。チャットの内容を残し、共有することで相続や改築など世代を越えたニーズにも対応できる。ローンチから1年で導入率31%を達成しているという。
中村氏のもとで、スマートフォンアプリを活用した顧客コミュニケーション施策を担当する山口俊氏は「スマートフォンアプリは、顧客が最も身近であり、我々も気軽に顧客とコミュニケーションがとれる重要な接点の一つです。チャットなどを通じて蓄積される会話データを分析することで、これまで見えていなかったニーズや課題を発見できる可能性があり、ビジネスチャンスの創出も期待できます」と語る。将来的には、顧客との長期的な関係性を築きながら、予測型サービスの提供や、よりパーソナライズされた体験の実現など、デジタルを通じた新たな価値提供を目指していく考えだ。

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伊藤真美(イトウ マミ)
フリーランスのエディター&ライター。もともとは絵本の編集からスタートし、雑誌、企業出版物、PRやプロモーションツールの制作などを経て独立。ビジネスやIT系を中心に、カタログやWebサイト、広報誌まで、メディアを問わずコンテンツディレクションを行っている。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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