産業用AIを「経営の武器」にするリーダーの条件──5%の成功企業とPoC止まりの分水嶺
「IFS AI Industrial X Unleashed」セッションレポート
深刻な労働力不足、老朽化するインフラ、そして不安定なサプライチェーン……。世界が直面するこれらの物理的な課題に対し、従来の“デスクワークのためのAI”で解決することは難しいだろう。そこで今、産業界で求められているのは、過酷な現場のコンテキストを理解し、ミッションクリティカルな局面で99.999%の精度を叩き出す「産業用AI」の実装である。インフラの再構築やデータセンター構築に向けて17兆ドル規模の資本投入が見込まれるこの「インテリジェンス時代」において、AIを単なる効率化の道具にとどめるのか、それとも物理世界のオペレーションを根底から変える武器にするのか──。2025年11月13日、米国・ニューヨークにて開催された「IFS AI Industrial X Unleashed」の議論から、成功率わずか5%という高い壁を越え、AIとともに産業の未来を創るリーダーの条件を解き明かす。
産業界の変化:AI革命をリードする「スピードと謙虚さ」
「AIが今日知られているビジネスの姿を変えるという認識は、もはや共通の出発点に過ぎない」──IFS CEOのマーク・モファット(Mark Moffat)氏は基調講演の第一声でこう宣言した。
現在、世界のインフラ設備投資には約17兆ドルもの巨額資金が投入されようとしている。これはデータセンター、エネルギー、製造、防衛といった、物理的な実体をともなう「インダストリアル(産業)」の世界を再構築するための歴史的規模の投資だ。PwC グローバル会長のモハメド・カンデ(Mohamed Kande)氏は、現在の状況を「インテリジェンス時代の幕開け」と呼び、次のように警鐘を鳴らす。
「これほどの資本がインフラに投入されるのを最後に目撃したのは、25年以上前のモバイルインターネットの誕生時だった。だが当時と今ではスピードが違う。変化の速度は、もはや人間の予測を超えている」(カンデ氏)
モファット氏は、これまでのAIブームと「産業用AI」の決定的な違いとして、コンテキスト(文脈・状況)理解を挙げた。一般的な汎用AIは知識としては優秀だが、物理的な現場の制約を理解していない。
「地上200フィートのタワーの上で、マイナス20度の極寒に耐えながら、電波も届かない場所で機器を修理する技術者の前では、一般的なAIは無力だ。産業界に求められているのは、デモやマーケティングのパンフレットを抜け出し、リアルタイムで物理的なオペレーションをオーケストレート(統合制御)できるAIである。これが我々の掲げる『産業用AIの実装』の真意だ」(モファット氏)
ここで求められるリーダーシップとは、過去の成功体験に固執することではなく、未知のテクノロジーに対して、スピードと謙虚さを持って向き合う姿勢であるという。自社の技術だけで完結しようとせず、社外のパートナーや最先端テクノロジーを柔軟に取り込み、一つの大きな仕組みとしてまとめ上げる力こそが、新時代の勝者を定義することになるとした。
取締役会の変化:リスク管理から「価値創造」への戦略転換
企業の意思決定を行う取締役会においても、AIをめぐる会話は大きな変化を見せている。カンデ氏によれば、1年前までの議論は「いかに事務効率を上げるか」という守りの議論が中心だったが、現在は「AIによっていかに戦い方を変えるか」という攻めの戦略論へとシフトしているという。
この戦略転換の背景には、インフラへの巨額投資をいかにインテリジェントなものにするかという課題がある。カンデ氏は、世界中のCEOと会談する中で、取締役会には「興奮」と「恐怖」という相反する感情が同居していると分析した。
「新しい技術がもたらす可能性への期待がある一方で、ライバルに後れをとることへの恐怖、そして技術選定を誤り、数十年稼働するインフラプロジェクトにおいて『将来の負債となる資産(座礁資産)』を抱え込むことへの恐怖が経営者をさいなんでいる」(カンデ氏)
特に産業用AIにおいては、AIの判断ミスが物理的な事故や人命に直結するため、慎重さは不可欠だ。しかし、カンデ氏は、そのリスクを織り込んだ上で「ビジネスの再発明(Reinvention)」が重要だと説く。その象徴が、労働力のあり方そのものを変える「デジタルワーカー(次世代の労働者)」の台頭である。
「AIは人々をより生産的にするだけでなく、ロボットやAIによる『デジタルワーカー』を創り出す。私は韓国の工場で、AIとロボットが完全に統合され、人間がいない暗闇の中でも稼働し続ける『ダークファクトリー』を目の当たりにした。これは遠い未来の話ではなく、既にここにある現実だ。将来の製造業やフィールドオペレーションにおいて、テクノロジーが勝者を定義することになる」(カンデ氏)
取締役会にとって、デジタルワーカーの導入はもはや単なるコスト削減の手段ではない。労働力の高齢化や熟練技能の喪失といった産業界の構造的課題を打破し、物理的な拠点を持つ企業の競争基盤を再定義するためには不可欠ともいえる。
「AIを導入すべきかどうかという議論は、もはや時間の無駄だ」とカンデ氏は断言する。
「重要なのは、答えを探すことではなく、問うべき『質問』を探すこと。今の時代、まったく間違いを犯さない人は、十分に挑戦していないということだ。スピードこそが、不確実な未来に対する唯一の処方箋である」(カンデ氏)
取締役会は、AIを「IT予算の一部」と見なすのではなく、「事業継続と価値創造の核」として再定義する必要がある。未来を正確に予測することは不可能だが、AIという知能をインフラや労働力に組み込み、自らが見たい未来を創り上げるために、戦略的な“賭け”をする胆力が経営陣に求められているとした。
この記事は参考になりましたか?
- EnterpriseZine Press連載記事一覧
-
- 産業用AIを「経営の武器」にするリーダーの条件──5%の成功企業とPoC止まりの分水嶺
- PwCの「Tax AI」の現実解──複雑化する税務・経理業務にAIはどこまで活用できるか?
- なぜ物流現場のAIは使われないのか? 成果をわける「現場の意思決定」を組み込むバーティカル...
- この記事の著者
-
小山 奨太(編集部)(コヤマ ショウタ)
EnterpriseZine編集部所属。製造小売業の情報システム部門で運用保守、DX推進などを経験。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
