JTの医薬事業を継承した新生SHIONOGI、新薬開発期間の大幅短縮を実現した「AI高速創薬モデル」とは?
「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2026」レポート#01
イノベーションと実装の同時進行を可能にする最新技術
現在のi2i-Laboでは、商用ソフトウェアなどの確立された計算技術を発展的に創薬応用するアプローチ(持続的イノベーション)と、既存技術では解決できない課題に対して新たな技術を独自開発し実装するアプローチ(破壊的イノベーション)の2つを並行して進めている。これら2つのアプローチの実行には、非常に大きな計算リソースが必要になるため、高槻研究センターにHPCシステムを導入しオンプレミス環境で運用している。「私の知る限り、この規模の計算リソースをオンプレミス環境で運用している製薬企業は、少なくとも国内には他に無いのではないか」と畑氏は述べた。
i2i-Labo におけるAI創薬技術の現状について、まずシミュレーション技術から畑氏は解説した。現在実装している技術の主流は、古典力学に基づくシミュレーションである。これは計算コストと精度のバランスが良く、非常に汎用性の高い技術であり、商用からオープンソースに至るまで幅広いソフトウェアを活用している。ただ、古典力学シミュレーションには、金属イオンや共有結合反応などを正確に表現できないといった限界があるため、より高精度な計算には量子力学に基づくシミュレーションが必要とされるが、その計算コストの大きさが創薬実装の障壁になっている。現在、量子化学シミュレーションの計算コストの問題を解決するために、AI技術を含む複数のアプローチを検討している。
次に、インフォマティクス技術であるが、現在実装している技術の主流は予測モデルである。たとえば、合成済みの化合物の構造情報と実験データを関連付けるように学習した予測モデルを使うと、新たな化合物の合成前にその構造情報を入力すれば実験データの予測値を出力してくれる。予測モデルについては、商用からオープンソースに至るまで幅広いソフトウェアを活用している。加えて、最新のインフォマティクス技術の創薬応用として、生成AIモデルの開発にも取り組んでいる。薬に求められる活性や物性などのパラメータを入力すると、それに見合った化合物を生成してくれるものであるが、既存のソフトウェアには創薬実装に使えるものがないため、独自で開発を進めている。
畑氏はi2i-LaboでのAI創薬技術の独自開発に関して2つの事例を紹介した。1つはシミュレーション技術を取り入れたインフォマティクス技術で、計算コストの非常に高い量子化学シミュレーションをAIモデルに置き換え、バーチャルスクリーニングのような、大量の化合物に対して高速かつ高精度に結合活性を予測することができる。結合活性の予測モデルは継続的にバージョンアップを実施しており、常に最新のモデルを創薬に実装している。
もう一つの事例が、プロトタイプの構築段階である生成AIモデルである。確率モデルであるVAE(Variational Auto Encoder)を組み込んだ生成AIモデルに化合物の構造情報、結合活性情報、物性情報などの複数のパラメータを学習させ、欲しいプロファイル情報などを入力すると、それらを満たす化合物を生成させることができる。畑氏によれば、生成AIモデルの潜在空間は非常に広大であるため、従来型のコンピュータでは、真の最適解を求めることが困難という問題を抱えている。そのため、新しいアプローチとして、確率モデルの潜在空間の表現に量子コンピュータを使えないか、検討を続けているとした。
最後に登壇した立花裕樹氏(塩野義製薬 創薬研究本部創薬化学研究所長)は、このインフォマティクス技術を用いて開発したCOVID-19の治療薬の創薬経緯を振り返った。一般に、1つの新薬を市場に出すまでには17年かかると言われている。しかし、コロナ禍では今すぐに新薬が必要な状況だった。どうやってこれを短縮するか。塩野義製薬が採用したのが、SBDD(Structure Based Drug Design)と呼ばれる手法である。これは、病気の原因となるタンパク質などの立体構造を解析・利用し、結合する化合物を合理的に設計し、最適化する創薬手法になる。
まず、COVID-19の原因ウイルス「SARS-CoV-2」のライフサイクルに着目した。立花氏によれば、このライフサイクルにおけるターゲットは3つある。第一にウイルスの侵入を阻害するところ、第二にウイルスのゲノムRNAを複製する、RNA依存性RNAポリメラーゼという酵素を阻害するところで、これをターゲットとした薬に、米ギリアド・サイエンシズのレムデシビルや米メルクのモルヌピラビルがある。最後の一つ、塩野義製薬が選んだのが、3CLプロテアーゼと呼ばれる、翻訳された巨大なポリプロテインを個別のタンパク質に切り出す酵素を阻害するアプローチであった。
過去に流行したSARSやMERSのウイルスが持つ3CLプロテアーゼと、SARS-CoV-2が持つ3CLプロテアーゼのX線結晶構造解析を比較した結果、3次元構造が非常に似ていることが判明した。これは、新薬開発に成功した場合、その薬剤が将来のSARS-CoV-2の変異にも対応できる可能性があることを示している。また、SARS-CoV-2の持つ3CLプロテアーゼの機能と基質特異性を確認したところ、ヒトとウイルス間の選択性が取りやすいターゲットであることもわかった。さらに、研究所には、他のウイルスのプロテアーゼをターゲットとした創薬の知見が多くあったため、3CLプロテアーゼを創薬ターゲットとするアプローチを選択した。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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