育休中に直面した、度重なる住所記入の負担
西郷さんがデジタルアドレスを発案したのは、2021年12月のことだった。
話は、楽天時代にさかのぼる。楽天市場で出店店舗のサポートを担当していた西郷さんのもとには、日々店舗の声が集まっていた。その中に必ず一定数あったのが、「顧客の住所が間違っていて届かない」というもの。間違えている本人には自覚がないようで、同じ人が複数の店舗で登録ミスを繰り返していた。「あの会社は届けてくれたのに、あの会社は届けてくれなかった」というクレームもあった。住所の間違いを運送会社が運用でカバーしてくれていたということなのだが、生鮮食品や贈答品が届かなければ、顧客対応は難航する。どうにかできないものかと考えあぐねていた。
時は流れ、楽天から日本郵政グループのDXを推進するJPデジタルに出向することに。そして、育児休暇中に何より堪えたのが、予防接種で何度も住所を書かされることだったという。「もう何回書かせるんだよって」。西郷氏は声を上げた。「皆さん、毎回住所を書くって面倒くさくないですか。日本郵便って住所はめちゃくちゃ得意ですよね。なぜこれをビジネスにしないんですか」と。
7桁の英数字には意味があるという。郵便番号は7桁の数字。数字だけでは全国民をカバーできないが、英字を組み合わせれば全国民に行き渡る、というロジックだ。このアイデアをもって、西郷さんは自ら日本郵便に籍を置きたいと願い出た。日本郵便の事業として世に出す以上、自分が責任を負う立場に立つべきだと考えたからだ。
足掛け4年……度重なる逆風でも前進できた「2つの後ろ盾」
発案からリリースまで、足掛け4年──。歴史ある企業で前例のない事業を立ち上げるには、それだけの時間が必要だった。途中、痺れを切らして経営に訴えたこともある。
「やるんですか、やらないんですか。これだけのアイデアをやらないなら、私の時間ももったいないのでやめます。どっちかにしてください」(西郷さん)
なぜ、熱量を保ち続けられたのか。西郷さんは「そういう性格なんです」と言うが、それだけではないようだ。
一つは、社内外を問わず、たくさんの人に壁打ちしてもらったことだ。いろんな角度から何度も叩いてもらい、アイデアの精度を上げていく。いつもは辛辣な意見を言う人が「筋がいい」と言ってくれた。だから、自信をもって突き進むことができた。
もう一つは、社内の議論に外からの材料を持ち込んだことだ。定性・定量の両面から調査結果を用意した。新規事業を立ち上げる機会が多くない組織では、第三者の評価が議論を前に進める材料になる。
社内の合意が得られてからも、すぐに世に出せたわけではない。住所はセンシティブなテーマだ。社会受容性を確かめながら進めるという判断で、アルファ版、ベータ版、本番リリースの三段構えになった。出しては分析し、想定した数字をカバーできたら次へ進む。ここにも2年かかった。
「心が折れそうになったことは、たくさんあります。一人でこっそり泣いたことも、一度や二度ではありません。それでも、デジタルアドレスに期待してくれる人がいた。『こんなに革新的なことはない』と言って転職してきてくれたメンバーもいる。ここまで育てられたのは、本当にみんなのおかげなんです」(西郷さん)
社内の空気も変わってきた。社内アンケートでは、デジタルアドレスを前向きに見る社員が増えているという。「こんな画期的なアイデアが当社の中から出てくるとは思わなかった」という声もあるという。
「すごく心強いです。アンケートじゃなくて直接言ってくれたら、なおさらうれしいのに(笑)」(西郷さん)
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酒井 真弓(サカイ マユミ)
ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...
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