技術的な成果をビジネス上の価値に結びつける
― まず、ロイスさんのこれまでの経歴をお聞きしたいのですが、ずっとソフトウェア開発の世界に携わっているのでしょうか?
そうですね、およそ35年間この世界に関わってきています。もともと大学では物理学を専攻していたのですが、その後コンピュータサイエンスを学び、さらにコミュニケーションの教育も受けました。入社後は、プログラマーを皮切りにシステムエンジニア、プロジェクトマネージャー、ヴァイスプレジデントなどを経験して、現在の役職に至っています。
― 今のチーフソフトウェアエコノミストという役職には、どういったミッションが求められているのですか?
私に求められているのは、いかにしてソフトウェアプロジェクトの測定方法を改善できるかについての指標を示すことです。これはすなわち、「どのような形で技術的な成果をビジネス上の価値に結び付けられるか」について考え、その実現を目指していくということになります。
そしてその実現のために私が最も注力しているのが、CIOやソフトウェア開発担当のマネージャー、アウトソーシング担当のマネージャーといった、企業におけるITのトップマネジメントが、いかにして事実に基づきながらコミュニケーションを図り、そしてお互いに信頼しつつITプロジェクトの予算や評価、管理のプロセスを構築できるかということです。
大規模開発でも主流となったアジャイル
― 米国でのアジャイル開発の現況についてお聞かせ下さい。
米国では、アジャイル開発はソフトウェア開発手法の中でも注目が集まっているものですが、それ自体はさほど目新しいものではないんです。アジャイル開発に関するテクニックやプラクティスというのは、過去20年から30年ほどの間に進化してきたものでして、それが現在になって主流となったということですね。
実際、現在IBM内で進行している何百というプロジェクトが、アジャイル開発もしくはアジャイル手法を採用しています。また、「Rational Team Concert」という、アジャイルプロジェクトの管理や変更管理を行うことができる我々が提供しているプラットフォームがあるのですが、そのユーザー数は5万人にも及んでいます。
さらに、アジャイルがいかに米国で定着しているかを例として示すと、IBMのRationalチームからお客様に提供しているサービスのうちの実に30%が、大規模なアジャイル開発に集中しているんです。小規模のアジャイル開発チームを対象にしたサービスではなく、何百というスタッフが参加する大規模なチームで、今まさにアジャイルが展開されているというわけです。
米フォレスターリサーチが発表した調査結果によると、ソフトウェア開発プロジェクトのうちの40%で反復的に実施するアジャイル手法を用いています。つまり、アジャイル開発というのは、モダンなエンジニアリング手法としてすっかり定着しているのですね。
ただし忘れてはいけないのが、アジャイル開発やその手法を導入しているからといって、それだけで必ずしも経済的により良い結果を出せるわけではないということです。アジャイルを採用している40%のソフトウェア開発プロジェクトのうち、その半分は生産性なり品質なりの改善を確実に実現していることでしょう。しかしながら、残りの半分については、そうした結果を生み出せていない可能性が高いのです。
― ただアジャイルに移行すれば良いわけではないということですね。では、アジャイル開発を成功に導くために留意すべきこととは何でしょうか?
我々は、お客様が将来より良い状態を創出できるように、アジャイル開発に当たって2つの重要な事柄を強調してきました。
まずその1つ目は、開発過程の中で統合テストを単体のテストよりも早い段階で、しかもライフサイクルの一環として連続して実施するということです。これは、従来のウォーターフォール型開発のやり方に慣れた人には、まさに革命的な発想だと感じられることでしょう。
そしてもう1つが、時間の経過とともに変化の傾向を測定するということです。本当のアジャイルとは、変更の経緯を測定しながらより良いものになっていくものなのです。
ウォーターフォール手法であれば、ソフトウェア開発のライフサイクルの後半になればなるほど変更に伴うコストが高くなるのですが、この2つの事柄を踏まえてアジャイル手法を取り入れた場合には、逆にライフサイクルの後半になればなるほど変更のコストが低く、しかもその内容がわかりやすくなるのです。そうなって初めて、本当の意味での俊敏性が実現できるのですね。