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「プライバシーか?公益か?」医療データのプライバシー保護と利活用の両立は可能か


 2013年3月25日、都内で「医療情報のプライバシー保護と利活用に関するシンポジウム」が開催された。テーマは「医療情報の健全な利活用促進のために何が必要か?」。医療情報のプライバシーを確保した利活用推進のために求められるPPDM(Privacy Preserving Data Mining)のあり方はどうあるべきか。当日行われた講演の中から、東京大学大学院 情報学環で一般財団法人医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)理事長の山本隆一氏の「医療情報のプライバシー保護と利活用」、中央大学研究開発機構教授で、暗号学の権威である辻井重男氏の「医療情報PPDMの可能性」と題して語られた基調講演のレポートをお届けする。

日本の医療情報電子化状況は、世界トップクラス

 昨今、インターネットに接続したPCやスマートフォン、タブレット端末などの普及もあり、個人に関するデータが日々大量に蓄積されている。こうしたデータの分析から、従来は不可能であった個人に対するきめ細かいサービスが提供可能になる一方、データの不正利用をはじめとするプライバシー侵害のリスクが飛躍的に高まっている。そこで求まられているのがプライバシー保護データマイニング(PPDM :Privacy Preserving Data Mining)である。

 様々な情報の中でも、利活用のメリットと、プライバシー保護の重要性が大きいと言えるのが医療情報だ。新たな治療法を研究開発するためには、症例などのデータが不可欠であるのに対し、個々人の病歴等は多くの人にとって最も第三者に知られたくない情報だろう。

 東京大学大学院情報学環 一般財団法人医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)理事長 山本 隆一氏
東京大学大学院情報学環
一般財団法人医療情報システム開発センター
(MEDIS-DC)理事長  山本 隆一氏

 医療情報の電子化について、日本は先進国の中でもトップランナーだと言える。政府のIT戦略本部などにより電子化の推進が行われ、高齢化社会、地域での医師不足、偏在等に起因する各種問題を解決し、国民の誰もが質の高い医療サービスを享受することが可能にする社会をめざしてきた。現在、インフラ整備については一定の成果が得られたとして、今後は情報を共有するための仕組みの構築、利活用についての施策推進が注目されている。

 こうした状況を背景に開催された本シンポジウムでは、最初に東京大学大学院 情報学環、一般財団法人医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)理事長の山本隆一氏が登壇、「医療情報のプライバシー保護と利活用」と題する基調講演を行った。

 医学知識というのは、決して試験管や動物から生まれてきたものではない。すべて実際の患者から得られた知識をベースに発展してきている。つまり、医学知識は過去の経験の集積、つまり無数のプライバシー、センシティブな情報から生成されたものである。山本氏は「仮にプライバシー保護を最優先して医療情報を活用しないとした場合、医学の進歩が止まってしまう。その結果、すべての人にデメリットが生じることになる」と語る。

出所:山本隆一氏「医療情報のプライバシー保護と利活用」講演資料より
(「医療情報のプライバシー保護と利活用に関するシンポジウム」2013年3月25日)
 

 とは言いながら、国家資格を持つ医療従事者はすべて守秘義務を負っている。実は医者の守秘義務というのは、人権という概念などなかった2000年以上前から言われてきたという。なぜなら、患者から相談されたことを第三者に簡単に漏らす医者のところには誰も受診しないからだ。つまり、医者を職業として成立させるために守秘義務の必要性が認識され、それが連綿と続いてきた。

 それに対し、プライバシー権と自己決定権という二つの権利が現れたのは19世紀の終わり、1890年代になる。特にプライバシー権というのは、情報が広く流通し、役立つようになってから生じてきた権利である。

 プライバシー権ということでは最近、「自己の情報コントロール権」という言葉がよく使われるが、今後、まだまだ変わるかもしれない。いずれにせよプライバシーの基本は、情報を活用するに際し、本人に理不尽な損害を与えないということにある。

 では、日本において医療情報は、どのような背景の元に蓄積されてきたのか。終戦直後、1947年の日本では、男性の平均寿命が50歳、女性が54歳だった。2010年はそれぞれ80歳、86歳になっている。その背景には医学の発展も多少あるが、実際は社会基盤の整備が大きい。たとえば下水道と上水道の整備により、乳幼児の死亡率が大きく低下している。1947年当時の死因上位5位は、結核、肺炎、胃腸炎、脳卒中、老衰で、前の三つは感染症、それもウイルスではなく細菌によるものだ。脳卒中は高血圧が多かったことが背景で、死因不明の多くが老衰とされた。

 当時の医師にできた血液検査はわずか数項目で、X線撮影はできたが、造影も残像もできない。単純写真しか取れなかった。いまは血液が5~7ccあれば何十項目もの検査ができるし、放射線を使わない診断、MRIやCTなど立体像で診断できる時代になっている。社会インフラや医療環境が整備された結果、今は慢性的な病気が多い。長い経過の情報をどう集め、どう役立てるかが、非常に重要になってきている。

 山本氏がこれまで内外の医療健康情報のIT化状況をみてきたところでは、日本のIT化率、電子化率はおそらく世界一だという。今、手書きの処方箋など滅多に見ない。レセプトの電子化率は96%、調剤薬局はほぼ100%。それから特定検診、企業検診は制度ですべて電子化されている。電子カルテはさすがに20%強だが、電子カルテにならないと電子化できない医療情報は、それほど多くないという。

 一方、個々の医療情報を分析し、役立てるためにはデータベース化する必要がある。すでに海外では数多く構築されており、日本でも最近、かなり整備されてきた。

 たとえばNCD(National Clinical Database)は外科系の専門医制度と連携したデータベース事業で、数多くの医療施設が参加し、多くのデータが格納されている。また東日本大震災をきっかけに立ち上げられた東北メディカル・メガバンク機構は、東北大学を中心に、診療情報と遺伝子情報を統合して収集することを目的にしている。様々な遺伝子情報や症例データベースを、ポータルサイトを上からアクセスできるようにし、横断的に情報を整理できるようにする。

 さらに巨大なデータベースができている。厚生労働省の保険局が運営している、「レセプト情報・特定検診等データベース」だ。2012年11月末時点でレセプト情報が約50億、特定検診等情報は約6600万件が格納されている。

出所:山本隆一氏「医療情報のプライバシー保護と利活用」講演資料より
(「医療情報のプライバシー保護と利活用に関するシンポジウム」2013年3月25日)
 

 この利用に関しては、「高齢者の医療の確保に関する法律」で「医療費適正化計画の作成という利用目的のために使う」と定められている。それ以外にも診療記録が大量に蓄積されたデータベースは、様々な利用が考えられるのだが、その点に関しては、有識者会議における審査を通じ、「公益性があり、なおかつ患者や医療機関の権利を侵害しない、被害を与えない」と確認されたものに関しては提供される、ということがすでに始まっている。

 医療費請求用データベースは米国にもあるが、網羅的なデータベースというのはなぜかアジアに多く、韓国、台湾、日本、それぞれすべての請求情報を集めたデータベースをすでに作成している。日本のものが一番新しいが、規模は最大だ。

出所:山本隆一氏「医療情報のプライバシー保護と利活用」講演資料より
(「医療情報のプライバシー保護と利活用に関するシンポジウム」2013年3月25日)
 

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久原 秀夫(クハラ ヒデオ)

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