製造業のDXは「現場の効率化」ではない
製造業のDXが語られる時、IoTやAIなどのテクノロジーによる生産現場の効率化が中心に語られることが多いが、DXの本質はそこではない。「DXを既存プロセスの効率化と捉えるのではなく、顧客接点や商品・サービスの提供形態の変化を伴うビジネスモデルの刷新と捉えるべき」と語るのは、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンターの福本勲氏。このほど刊行された『デジタルファースト・ソサエティ』(日刊工業新聞社)の編著者の代表だ。
本書では、モノづくりからコトづくり、第4次産業革命、プラットフォーム・エコシステムなど、ここ数年に押し寄せてきた製造業をめぐる変革の波を俯瞰し、内外の実践事例を紹介しつつ、日本の産業のDXについて問題提起がなされている。共同編集と執筆を行なったのは、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンターの福本勲氏と、ERPコンサルタントでフロンティアワンの鍋野敬一郎氏、電通国際情報サービス(以下、ISID)の幸坂知樹氏の3名。加えて、IoTやAI、データ分析のケーススタディについては複数の著者が寄稿している。
製造業のDXとは
経済産業省が2018年に発表した DXレポートには、 DXを阻む以下の3つの課題が記載されている。
- 既存システムが事業部門ごとに構築されているため全社横断的なデータ活用ができていないこと。
- 既存システムが標準システムに過剰なアドオンやカスタマイズをして構築されており複雑化、ブラックボックス化していること。
- データ活用を実現するための既存システムの改修やデータ活用のための業務の見直し要求に対する現場の抵抗が大きいこと。
DXレポートがこれらの課題をまとめ「2025年の崖」という言葉で問題提起したことは、記憶に新しい。本書では、これらの課題に取り組むための、製造業のプラットフォームの事例、データ分析・活用に伴うアーキテクチャーや標準化の動向などを紹介している。編著者代表の福本氏は、本書の中心的なテーマについてこう語る。
「日本の製造業はこれまでバリューチェーンを短くするためのプロセス効率化を追求するあまり、中抜きなどの対応も行ってきた。しかしDXでは、既存のパートナーやお客さま、場合によっては競合と“つながり”、新しい顧客経験価値を創ることこそが必要になる」(福本氏)
製造業のプラットフォーム・エコシステム
製造業のDXへの取り組みとしてこの本の中で紹介されている事例の一つが、芝浦機械(旧:東芝機械)である。同社は1949年設立の老舗機械メーカーで、2020年4月から芝浦機械と社名を変更した。
工作機械や精密加工機械などの稼働率の向上や故障検知、メンテナンスの効率化、ダウンタイムの削減に取り組んできた同社は、DXを推進するにあたって「IoT+m」というコンセプトを策定し、「machiNet」というプラットフォームを構築した。
「machiNet」は、生産性向上や突発的な事故を回避するための予知保全、生産拠点の分散といった課題に応えることを目的とし、スマートファクトリー実現のためのテクノロジーを集積させたものである。ダッシュボード上で工程進捗やグループ設備管理などを見える化するとともに、同社の機械やセンサー、各種通信プロトコルに対応する接続機能を有し、上位のシステムへのコンバートの役割も果たす。
また、IoTへの取り組みは自社だけでは実現できないことから、芝浦機械では「IoT+mパートナー会」というパートナー会を立上げた。相互で補完しあえるコミュニティとして、よりよい価値提供を目指している。
福本氏はこの芝浦機械の取り組みが、パートナーによる共創型のプラットフォーム・エコシステムであり、芝浦機械の今後の取り組みの可能性を高めているのではないかという。「machiNet」と「IoT+mパートナー会」という両輪がエコシステム推進のエンジンとなっており、「現在は、自社の顧客のみが対象だが、いずれ同業他社の顧客まで拡大すればさらに可能性が拡がるのではないか」と期待を語る。