請負契約と準委任契約
今回はシステム開発でよく見られる「請負契約のような準委任契約」について取り上げます。
この連載の読者の方であれば、この二つの契約の違いについては、もう十分にご存知かもしれませんが、請負契約というのは、なんらかの成果物(目的物)を約束した納期どおりに作成したり、提供したりすることを“請け負う”ことです。
請負人(ソフトウェア開発では多くの場合ITベンダー側)は、期日通りに約束した品質をともなう成果物を完成させて納品する必要がある契約です。
一方の準委任契約は、本来なら発注者がやるべきことを、専門家である受注者が代わりにやってあげるというイメージに近いでしょう。同じように情報システムを作っていたとしても、受注者に求められるのは、専門的な技量を十分に発揮して、真摯に作業を行うことであり、多くの場合は働いた時間に応じて支払いがなされ、原則的には請負にあるような“約束した品質をともなう成果物を完成させる”ことまでは求められません。完成品の品質あるいは、完成自体も問われないとするのが基本です。
これはちょうど裁判に臨む際に弁護士に依頼するのと同じで(この場合は委任契約と言います)、弁護士にはその専門性を用いて裁判に勝つために真摯に戦うことが求められます。しかし裁判に負けたからといって、その弁護士に対して債務不履行や不法行為が問われることはありません。一生懸命やってもらうけれども、うまくいかなくても、それは発注者が負うべき責任。これが準委任契約のイメージです。
今回は、このあたりが曖昧になってしまったために、発注者であるゲーム業者と受注者のITベンダーが争うことになった例です。まずは、事件の概要から見ていくことにしましょう。
準委任契約のITベンダーが途中で仕事を止めてしまった
(東京地方裁判所 平成30年3月30日 判決)
ゲームソフトの企画、制作および販売等を行っている企業(以下 ゲーム事業者と言う)が、既存のゲームソフトに改造を加えた新しいゲームを企画し、その開発をITベンダーに依頼した。
ゲームの機能定義等はゲーム業者側で行い、ITベンダー側はそれにしたがってプログラム製作等を行う役割分担で、契約形態は準委任だったが、ゲーム業者側で定義すべき機能については、当初から曖昧な部分も多く、また開発中にも機能が追加されたりしたことから開発は遅延し、ある時、突然、ITベンダー側が作業を打ち切り契約は解除されてしまった。
これについてゲーム事業者は、ITベンダーがソフトウェアを完成させなかったのは、善良なる管理者の注意義務違反であるとして、それまでにかかった費用等を損害として、その賠償を求める訴訟を提起した。
尚、ゲームソフトについては、その後、別の会社が開発を引き継いで完了し、数か月後に販売に至った。
ITベンダー側が途中で仕事を投げ出してしまったという恰好になり、それはそれで無責任にも思えるのですが、機能を定義しきれないゲーム事業者によほど腹に据えかねたのでしょう。準委任契約ですから、それまで真摯に作業をしてさえいれば、そこまでの作業費は払ってもらえるはずだからとの意図もあったかと思います。
ところがゲーム事業者側は、そんなお金は払わないどころか、それまでかかった費用を損害としてITベンダーに請求する裁判を起こしました。準委任契約は確かにモノの完成までは求めないが、受注者側には“善良なる管理者の注意義務”があるのだから、途中で仕事を放りだすようなことは債務不履行であり不法行為にあたる、との主張のようです。
この“善良なる管理者の注意義務”についてですが、日本語をそのまま読むと、何か預かったものを、通常考えられる注意を払ってきちんと管理する程度に思われるかもしれません。しかしソフトウェア開発に関しては、少し拡大して考えられることが多いようです。
この場合“善良なる管理者”とは“ソフトウェア開発として一般的な能力を有する者”と考えるようです。そして“注意義務”とは、その能力を有する者に一般に期待される注意を払って作業を行うことと考えられます。
「ソフトウェア開発の能力を持つITベンダーが、きちんと注意して作業を行うこと」が求められていたのであり、ITベンダーがそうしていれば、ゲームソフトは完成したはずだった。それを途中で投げ出したITベンダーが許せないというわけです。
実際、その後、別の開発業者に頼んで、ゲームは無事に完成したわけですから、ゲーム事業者が改めてITベンダーに対する腹立たしく思うのもわからないではありません。
一方で、準委任契約である以上システムの完成は求められない。ゲーム事業者が次々と機能を追加・変更することを踏まえても、その責任はなく、そこまでにやった作業分の費用は頂くとするITベンダー側の主張も、一応理屈は通るように思えます。