わずか数ヵ月で停止を余儀なくされたDXプロジェクト
木場氏は現在、チューリッヒ保険会社のCIOとして同社のDXの取り組みをけん引する立場にある。同社が進めるDXの道のりは決して平たんなものではなく、一時はプロジェクトの凍結と仕切り直しを余儀なくされたという。元々同社はコロナ禍を契機にリモートワークを全面的に導入し、その環境整備のためにデジタル技術を大々的に導入した経緯がある。しかし木場氏によれば、これは「事業継続のためにやむを得ず行ったDX」であり、本来目指すべき「ビジネス変革のためのDX」とは性格を異にするものだという。
「多くの企業がコロナ禍を機にデジタル技術を急遽取り入れて、従業員の働き方や顧客体験を変革するためのDXに取り組んできたと思います。しかし、ここへきてその取り組みも一段落つき、いよいよ本業を成長させるためのDXに注力し始めている企業が増えてきているのではないでしょうか」(木場氏)
チューリッヒ保険会社でも、コロナ禍対応が一段落ついた後にビジネス変革のためのDXに本格的に着手したという。このDXプロジェクトでは「オムニチャネル改善によるCX(顧客体験)向上」「ビジネスアジリティ(俊敏性)の向上」「レガシーテクノロジーに起因するリスクの排除」という3つの目標を掲げ、これらを実現するために主たる顧客接点であるWebサイトとコールセンターシステムを刷新し、顧客体験の向上を図った。
また、長年にわたってレガシープラットフォーム上で運用を続けてきた契約管理システムの一部機能も強化し、技術負債の解消を目指したという。なお開発手法としては、アジャイルとウォーターフォールを組み合わせた手法を採用し、すべての仕組みを一気に入れ替えるビッグバン方式によるシステム刷新を目指した。
しかし結果的には、このプロジェクトを開始してわずか数ヵ月後に早くも凍結を余儀なくされた。
「要件があまりにも複雑化してしまった上、開発ベンダーとのコミュニケーションにも問題が生じ、さらには既存システムにおける仕様の理解不足も露呈しました。その結果スプリントがどんどん遅延し、リソースもひっ迫してきたため『このままでは計画通りプロジェクトを遂行するのは到底無理だ』と判断して、いったん停止する決断を下しました」(木場氏)