保守作業の危うさ
読者の皆さんの中で次のような経験をお持ちの方はいらっしゃるでしょうか。
「IT機器の保守作業をベンダーに依頼したところ、その後大問題が発覚。ユーザーとしては、ベンダー側の作業になんらかミスがあったのだろうと疑うものの、ベンダー側からは『身に覚えがない』と言われた」
私自身はこの業界に長く身をおいているので、こうした問題について見聞きすることも珍しくはないのですが、"犯人"が特定できない事には損害賠償も求められないし、原因がわからないままなので、有効な再発防止策を立てることはなかなか困難です。
今回お話しするのは、"ベンダーがパソコンの保守点検を行った後、インターネット通信の設定が誤っていたために多額の通信費用が発生してしまった"というものです。本ケースにおいてベンダー側は「自分たちで通信の設定を変更した覚えはない」とし、ユーザー側は「ベンダー側の仕業だ」と言っています。ただ今回のお話は、どちらが悪いとかいうことではなく、こうしたことを防ぐためにどんなことに気を付けておくべきかということを話の中心にしたいと思います。
もっとも、この事件そのものは漁船内に設置するパソコンの設定で発生したものであり、ユーザーである漁師さんができることも限られていたかと思います。しかし、これと同じようなことが一般の企業で起きるとすれば、その被害額もさらに大きくなるでしょうし、地上のユーザーであればこれを反面教師に注意すべき点もあるかと思い、取り上げることとしました。ある意味、シンプルな事件で今回は文章も多少短くなりますが、ご容赦ください。
【東京地方裁判所 令和4年7月14日判決】
ロシア水域・公海・オホーツク海域でさんま漁を行っている漁船には、衛星インターネット通信を経由しての情報交換や海象、気象情報を取得するためのシステムをインストールしたパソコンが搭載されていた。
ある日、当該システムの保守ベンダーの作業員が、このシステムの保守・点検のために漁船に乗り込み、作業を行ったが、その後、漁船の通信料金が跳ね上がった。原因は当該システムの通信設定が、必要時だけ通信接続を行う設定から、常時接続を行う設定に代わっていたことで、ユーザーである漁業会社は、これを保守ベンダーの作業ミスによるものとして損害賠償を請求した。
一方、保守ベンダー側は常時接続への設定変更は自身の作業によるものではないとしてこの請求を拒絶し裁判となった。
出典 Westlow Japan 文献番号 2022WLJPCA07148010