経済環境の不透明は言い訳にならない:複合危機を超えたビジネス展望
グローバル企業のCEOの考え方は共通している。その意味で、日本を含むあらゆる地域を見ながらビジネスを展開しているCEOたちを対象に、ガートナーが2005年から毎年実施してきた「CEOサーベイ」は、CIOがグローバル企業のCEOの考え方を理解する上で有用なものだ。「近年のパンデミックのように、事前に予測することが難しい事象が起きることもあるが、基本的に世界のビジネスパーソンが知りたいと考えることを予測し、CEOへの質問を用意するようにしてきた。2023年のサーベイ結果からわかったのは、CEOはあまり不況の心配をしていないこと」と、ラスキーノ氏は話す。
2020年からのパンデミックに始まり、ロシアによるウクライナ侵攻を経て、2023年から複合危機(polycrisis)という言葉を聞くようになった。例えば、天然資源の不足、気候変動、自然災害、経済不安、地域紛争、サイバー犯罪のような個々の問題事象が、世界で同時多発的に起きることで相互作用を生み出し、悪影響が増幅されるのが複合危機の恐ろしいところだ。イスラエル・パレスチナ情勢により、さらに先行き不透明感が増してもいる。だが、そうだとしても、CEOは危機を克服した後の将来を見据え、事業戦略を見直していかなければならない時期が来ている。
実際、「2024年に向けて、CEOだけでなく他の経営幹部たちも、これまで以上にビジネスリスクに対応するべく準備を進めている」と、ラスキーノ氏は指摘する。背景にあるのが、保有株式数を武器にした「物言う株主」が、事業の成長に向けてCxOにプレッシャーをかけていることだ。企業価値向上への意欲が低いとみなされると、見直しを求めて経営に介入される。2023年5月、WHOは、新型コロナウイルス感染症に関する「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)の宣言を終了すると発表した。以降、危機が完全に去ったわけではないものの、各国社会は平時に向けて日常を取り戻そうとしている。その結果、経済環境の不透明さを言い訳にすることが、もう許されなくなってきた。
今は複合危機からの回復過程の半分ぐらいのところにいる。図1を見ると、大半のCEOが危機後に向けた新しい戦略を策定中で、遅くとも2024年末にはこの動きに全てが追随することになりそうだ。「危機後の戦略策定とその実行が求められる局面に来ている」とラスキーノ氏は述べた。
CEO視点:危機後の経営戦略として重視される4つの軸
危機後の戦略において、共通して重視されるテーマ軸としてラスキーノ氏は4つを挙げた。第1の軸は「再グローバル化」である。サプライチェーンリスクが顕在化したことを機に、特定の国に依存するような状況になっていないかを検証し、危機にも対応可能な強靭なものへと再構築しようとする機運が高まっている。第2に「サステナビリティ主導の成長」の軸がある。投資家が求めている事業成長とは、脱炭素をきっかけに事業構造を転換することを前提としている。気候変動対策のために脱炭素を目的にするのではなく、化石燃料依存の事業構造転換を実現した上で、収益性を向上させよという、極めて高い水準の要求をCxOに突き付けている。第3の軸はテクノロジー、特に生成AIを収益拡大に役立てることだ。
最後の第4の軸は、経済に関わることだ。「ただし、まだ明確にこれとは言えない。もし、サプライチェーンの混乱やインフレが今後も継続する場合は、生産性の向上になる可能性がある」とラスキーノ氏は話す。CEOの中には、インフレが解消して金利がゼロに戻ると、再び生産拠点を展開し、人を雇う。パンデミック以前の20年間、続けてきたやり方に戻せるのではないかと楽観視している人たちもいる。それとは逆に、インフレはまだ続き、大きく成長することは難しいと考えているCEOもいる。
見解が分かれるのは、一口にCEOと言っても、世代の異なる人たちがいるためだ。パンデミック以前の2010年代は「フリーマネーの10年」と呼ばれ、資金調達が容易な時代だった。さらにそれ以前の2000年代は、中国やインドなどから、安価な労働力の調達が可能であった。そして、2020年に起きたのがパンデミックだ。あるヘッドハンティング会社の調査結果によれば、これまでの前提が通用しないような大きな変化がある場合、CxOの交代が起きることがわかっている。現状を打開するような戦略の立案では、リーダーがこれまで得意としてきたこととは異なる知見が必要になるためだろう。CEOが変われば、他のリーダーや組織体制にも影響が及ぶ。
その好例がCDOの設置である。リーマンショックの後、戦略の見直しが必要になったことを機に、2012年頃からCDOを設置する企業が増えてきた。日本企業は少し遅れてこのトレンドに追随している。