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SAP S/4HANA移行に伴う素朴なギモン──保守期間、バージョン、開発手法など SAPジャパン稲垣氏に聞く

 SAPがS/4HANAの新リリースとメンテナンス方針の大胆な変更を発表して以来、日本企業への影響は計り知れない。長年ECC 6.0からの移行に頭を悩ませてきたITリーダーにとって、この変更は戦略の練り直しを迫るものだった。標準保守期間が7年に延長され、リリースサイクルが2年に1回になったことで、移行計画はどう変わるのか。S/4HANA移行の成功の鍵を握るクラウド活用やアドオンコントロールについて、SAPジャパンの幹部はどのような推奨事項を示すのか。最新動向をSAP稲垣利明氏のインタビューからお届けする。

標準保守期間延長とリリースサイクル変更、日本企業の反応は?

SAPジャパン株式会社 バイスプレジデント Enterprise Cloud事業統括 稲垣利明氏
SAPジャパン株式会社 バイスプレジデント Enterprise Cloud事業統括 稲垣利明氏

──SAPがS/4HANAの新リリースとメンテナンス方針の変更を発表したのが2022年9月。その後かなり時間が経ちました。SAP S/4HANAリリース、メンテナンス方針の変更内容から確認させてください。

 方針変更の背景にはS/4HANAが安定期に入ったという判断があります。大きく変化した点は、これまでは年に1回新しいバージョンが出ていたものを、S/4HANA 2023から2年に1回にすること、5年だった標準保守期限が7年に延長することです。これまでも新機能を各年のバージョンに盛り込んできたのですが、徐々に機能が出揃ってきたので、このように変更しました。ただし、1709、1809、1909を利用中のお客様の場合、期限内の2023への直接バージョンアップが間に合わないため、延長保守を提供することにしました。

2023バージョン以降のS/4HANAリリース、メンテナンスの計画 出典:SAP [画像クリックで拡大]

──アーリーアダプターだけではなく、移行を検討中の企業も2023バージョンを使いたいと思ったのではないでしょうか。ターゲットバージョンが2022の場合、どんな判断をしたのでしょうか。

 せっかくならば、標準メンテナンス期間の長いバージョンが良いと2023待ちのお客様もいました。とはいえ、元から計画していたことだからと、2022を選択したお客様もいますし、要件定義フェーズが長期化した場合に備えて、プロジェクトの途中でターゲットを2023に変更する計画を立てているお客様もいます。開発が始まる前であれば、ターゲットバージョンを1つ上げて2023にすることもできますから、その可能性も念頭に入れているようです。モジュールの数や適用リージョンが多い場合は難易度が高くなりますから、プロジェクトスコープによるところは大きいですね。

──新しい方針の説明を受けてのお客様の反応を聞かせてください。どんな意見が出たのでしょうか。

 お客様からはいろいろな意見をいただいたのですが、リリースが2年に一度に変わったことは総じて好意的に評価されたと考えています。今まで5年だった標準保守期間が7年になったことで、バージョンアップの計画が立てやすくなったという意見をいただきました。

──計画が立てやすくなったとは、どういう意味でしょうか。

 プロジェクトの規模にもよりますが、バージョンアップでも要件定義から始まって、開発、テストを経て、完了まで短くて半年、長い場合は1年を要します。5年の間で実行するとなると、3年を経過した頃から次のバージョンアップを考えて、予算取得や人員確保を進めなくてはなりません。これが2年延びる分、準備がやりやすくなることは確かです。加えて、クラウドに環境が変わることで、テクニカルな部分の作業はSAPが担当するように変わりますから、これまでよりも負担は減ります。本来のバージョンアップの意義である最新テクノロジーの活用を、より強く実感してもらえるようになったと思います。

生成AIの活用にはクラウド移行とFit to Standardが不可欠に

──新しい機能を使えることよりも、クラウドの良さを実感する機会が多いということでしょうか。

 オンプレミス時代、ERPは基幹システムなので、長期にわたって安定的に稼働することが重要でした。標準保守期限が5年から7年になったものの、ECC時代に比べてもまだ短いぐらいに思われていて、昔からのお客様ほど「とにかく安定した稼働を」「保守期限を長く」という強い期待があったのです。

クラウドで変わるバージョンアッププロジェクトの形 出典:SAPジャパン [画像クリックで拡大]

 それがクラウド化の進展に伴い、バージョンアッププロジェクトのスリム化を実現できるテクノロジーの整備が進んできました。それもあって、新しい機能を積極的に使っていくようにしようという考え方に変わってきているように思います。また、生成AIもこのトレンドに大きく影響しています。2023年にSAPはAI戦略を大きく変えました。以前は、自社でAIモデルや機械学習エンジンの構築に挑戦していたのを方針転換し、OpenAIのChatGPTやGoogle CloudのGeminiのような、汎用モデルを使えるようにするなど、今は9社とのアライアンスで生成AI機能を実装する方向に舵を切ったのです。最先端のAI機能をお客様がフル活用するには、Fit to Standardを実現し、1・2カ月のサイクルでバージョンアップを実施し、常に新しい機能を使う方向に変わる必要が出てきました。

──バージョンアップの意義という本質に立ち返ると、安定稼働を是とする価値観を変えることが必要になりますね。

 SAPではお客様がCloud ERPに移行するにあたり、Private EditionとPublic Editionの2つを用意しています。また、ソリューションとしてはRISE with SAPとGROW with SAPの2つがあり、RISEが既存のお客様がクラウドに移行を支援するもの、GROWは新規のお客様の導入を支援するものになります。Public Editionを選択する場合、これまでのデータ資産を持っていくことができないため、既存のお客様がS/4HANAに移行する場合の選択肢は事実上Private Editionのみです。

S/4HANAの製品ラインナップとソリューション 出典:SAPジャパン [画像クリックで拡大]

──RISE with SAPの戦略は導入パートナーのビジネスにも影響がありそうです。

 プライベートクラウドであれば、オンプレミス時代と同様のビジネスを維持できるでしょう。けれども、将来性はパブリックの方にあるとして、中長期でのビジネス成長の伴走ができるようにならねばと考えるパートナーも出てきています。また、プライベートクラウドはもう既に非常に巨大なパートナーエコシステムができていて、参入の余地が少ない。SAPがパブリッククラウドを強化するならば、新規のお客様を支援するパートナーになりたい。そう考える新しいパートナーが増えています。私自身は約20年SAPジャパンにいますが、今が新しいパートナーが最も増えている時期だと感じます。

次のページ
RISE with SAPとGROW with SAPの違いとパートナー戦略

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この記事の著者

冨永 裕子(トミナガ ユウコ)

 IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...

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