リアルな犯罪は減少するも、サイバー犯罪は増加傾向に
阿久津氏は、サイバー空間の脅威情勢について説明するにあたり、まず犯罪件数の推移を紹介した。治安情勢の前提とされる刑法犯の認知件数は、コロナ禍が明けて人流が戻ったことで近年はやや上昇しているものの、全体的に右肩下がりで減少している。刑法犯とは、窃盗や詐欺、あるいは殺人、傷害などの財産や身体、生命を脅かす、いわば“リアルな世界”での犯人を指す。
一方、サイバー犯罪の検挙件数は右肩上がりとなっており、サイバー空間の脅威情勢の悪化を示していると阿久津氏。同様に、サイバー空間における脆弱性探索行為などの不審なアクセスの観測件数も増加傾向となっている。そのうち約99%が海外を送信元とするアクセスとなっており、サイバー攻撃の多くが海外から行われていることが分かる。この増加を裏付けるように、インターネットバンキングの不正送金やクレジットカードの不正利用による被害額も増加の一途をたどっているのだ。
このような情勢を受け、「国民の意識も大きく変わってきている」として、阿久津氏は内閣府による『治安に関する世論調査』の結果を紹介。自分や身近な人が犯罪に遭うかもしれないと不安になる場所についてのアンケートでは、「インターネット空間」との回答が最も多かったという。また、警察に対して特に力を入れて取り締まって欲しい犯罪について、サイバー犯罪に関するものを挙げる人が多く、国民における取り締まりの要望が非常に強いことに触れた。
2つの事例で見るランサムウェア被害状況
昨今、特に被害が深刻化しているサイバー攻撃として、阿久津氏はランサムウェアを挙げた。ランサムウェアは、感染すると組織内のファイルを暗号化によりロックして使えない状態にした上で、「復号して欲しければ身代金(ランサム)を払え」と脅迫するものだ。最近は手法が多様化し、組織内の情報を盗み出した上で「身代金を払わなければ情報を公開する」と脅す多重脅迫や、情報だけ盗んで脅迫するノーウェアランサムの被害も増加している。
ランサムウェアの被害状況を企業規模別で見ると、中小企業が52%と最も被害を受けている一方、大企業も36%と大きな割合を占めている。業種別で見ると、製造業(34%)、卸売・小売業(17%)、サービス業(14%)が比較的多いものの、様々な業種で被害が発生している状況が伺える。「まさに中小企業、大企業に関わらず、どのような業種でも攻撃されている状況です」と阿久津氏は警鐘を鳴らす。
ランサムウェアによる被害事例として、阿久津氏は医療機関と港湾の事例を紹介した。医療機関の事例では、攻撃者は直接病院を狙わず、病院の医療センターと接続していた給食業者の脆弱性を悪用して侵入。そこから医療センターのシステムに忍び込んで攻撃を仕掛けたという。最終的にはランサムウェアによりファイルが暗号化され、システムが止まってしまったという事例だ。この対応として、同病院では、システム復旧のためにシステムの各種設定を初期化する必要があったものの、システムとは分離された場所にバックアップを作成していたことで、段階的にシステムを復旧できたという。とはいえ、非常に長い時間がかかり、業務にも支障をきたす大きなインシデントとなった。
また港湾の事例では、攻撃者が脆弱性の悪用あるいはIDとパスワードの特定によって保守用VPN機器にログインした可能性が指摘されている。そこからサーバーへ侵入して全データを暗号化する手口だ。このケースではバックアップデータも暗号化されていたため、ウイルス駆除を行ってシステムを復旧し、港湾の各ターミナルの運用を順次回復させていったという。
意外と抜けている? 基本的な対策の徹底を
これらの事例のように、サイバー攻撃の多くは、VPN機器(63%)やリモートデスクトップ(18%)からシステムに侵入して実施される。その背景として阿久津氏は、重要な機器やソフトウェアの定期的なアップデートをしていなかったことで重大な脆弱性が残っていたり、ログインパスワードが推測しやすい、あるいは使い回しをされていたりすることを挙げた。
ランサムウェアへの事前対策を促進すべく、警察庁ではランサムウェア未然防止対策をウェブサイトで公開している。サイトでは重要なポイントとして「脆弱性対策」「認証情報の適切な管理」「外部接続状況の管理」の3つが挙げられており、OS・ソフトウェア、ウイルス対策ソフトの定期的な更新をはじめ、使わなくなったIDは削除するなどの具体的な対策事例が紹介されている。
「どれも当たり前と思われるような対策ばかりですが、意外とこうした基本的な部分が抜け落ちていたことで、多くのサイバー被害は発生しています。基本的な対策を改めて徹底してほしいです」(阿久津氏)