2014年のクリミア侵攻で行われた「領域横断作戦」の実態
企業や政府機関などを狙ったサイバー攻撃が絶えない昨今だが、安全保障分野、特に軍事分野でのサイバー戦はどのような実情にあるのだろうか。陸上自衛隊 教育訓練研究本部長 陸将の廣恵次郎氏によると、現在ウクライナで起こっている戦争は、サイバー戦闘作戦と深い関わりがあるのだという。同氏は、日本で2020年にウクライナを訪問した唯一の陸将としての経験を持つ。講演では、訪問時の経験も踏まえて、サイバー戦の実態が語られた。
陸上自衛隊 教育訓練研究本部長 陸将の廣恵次郎氏
同氏がウクライナ訪問時、ウクライナ軍情報総局から贈与された盾についても紹介された
まずはじめに、ウクライナにおけるサイバー戦の事例が3つ紹介された。廣恵氏は、現在進行形で起こっている戦闘に関してはまだ十分な分析がなされていない現状に触れつつ、既に分析が完了した2014年のロシアによるクリミア半島侵攻で繰り広げられたサイバー戦を例にあげて説明した。
1つ目の事例として、2014年7月にとある地域で発生した戦闘では、ウクライナ兵の携帯電話が傍受された。ウクライナ軍の無線機は電子戦で妨害されており使用できない状態になっていたことから、通信手段が各兵士の携帯電話に依存している状態だったという。
「ここで注目すべきことは、携帯電話が傍受されたあとにロシアの電子戦装備『ロランジト』でウクライナ兵士個人および家族を特定し、メッセージが送信されていることです。『あなたの息子が亡くなりました』といったメッセージが送られてきた家族は、兵士に安全確認の電話をかけます。それにより部隊付近のトラフィックが上昇し、場所が特定されてしまう。そして、部隊が攻撃されてしまうのです」(廣恵氏)

なお、この作戦はわずか数十分で遂行され、これにより2つの小隊が壊滅したのだという。「この戦闘方法は、軍事的観点から見ると非常に洗練されている」と同氏。その理由として、この作戦は地上領域だけではなく、電磁波領域、サイバー領域と3つの領域にまたがった「領域横断作戦」の形式がとられていたことを指摘した。同作戦は、2014年当時にとって非常に斬新かつ高度なものであった。加えて、この戦闘には心理戦の要素も入っており、その高度さをうかがわせるものとなっている。
2つ目の事例として、ウクライナでは衛星通信を使用したサイバー戦が繰り広げられている。同じく2014年に、ロシア軍がUAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機)「オルラン10」でウクライナ軍の指揮所などを探知し、その情報を受けて火力戦闘部隊が攻撃を行うといった作戦が実行された。これも、地上領域・電磁波領域・宇宙領域という3つの領域にまたがった領域横断作戦である。

続けて、3つ目の事例として廣恵氏はウクライナ兵の携帯電話を標的にした戦闘をより詳細に紹介した。この戦闘でも、1つ目の事例であげたロランジトが使用され兵士の情報が抜き取られるのだが、その後携帯電話にマルウェア攻撃が仕掛けられたり、心理戦のテキストメッセージが送信されたりした。
「たとえば、『お前らの部隊はもう囲まれているから撤退しろ』とメッセージを送り、相手部隊の士気を下げるといった作戦が実行されていました。そのほかにも、味方軍の上司になりすまし、『敵軍に囲まれたから撤退する』と送ることで信じた隊員が実際に撤退してしまった事例も報告されています。これらの例から、『サイバー戦で負けると、作戦全体が崩壊してしまう』ことがわかるでしょう」(廣恵氏)