ROI創出を阻む「定着・拡張・統合」3つの壁
システム導入の成果が出るタイミングは用途により様々です。業務ツールのリプレイスであれば、運用が始まった時点からライセンス費用の削減効果等が出始めますし、バックオフィス業務の効率化システムであれば、システム更改後の運用がこなれたタイミングから工数が下がって効果が出始めます。
Salesforceは、ガートナー社のペースレイヤーモデル(3層構造)において革新システムから差別化システムに位置付けられる仕組みです。つまり、記録システム層のように、企業活動に必須の業務やシステムとしてではなく、企業のサービス提供における付加価値向上や獲得収益向上のための戦略的システムの位置付けです。そのため、導入するだけでは効果はあがらず、活用してはじめてROIを発揮します。 (下図)

拙著『成果を生み出すためのSalesforce運用ガイド』(技術評論社)の中でも、導入からROI発揮までの道のりで発生する障害を「3つの壁」として紹介しておりますので、本記事でも一部触れておきます。
導入後に待ち構えている3つの壁というのは、定着の壁、拡張の壁、統合の壁というものです。順番に訪れるものというよりは、「基礎・応用・高度化それぞれの視点でSalesforceの活用に必要な活動が異なる」というフレームです。

SFA商談管理プロセスで躓く企業の典型的な失敗パターン
SFAの機能として代表的な商談管理の仕組みは、商談をステージ別に管理したプロセスのマネジメントによって、データの入力、可視化・分析、マネジメント、評価というサイクルによって成り立ちます。この基礎的ながら必須ではない活動を、いかに現場に定着させるかが、多くの企業のつまずきどころとなります。活用の初期においては、システムをどう作るか?よりも、システムを使ってどう成果をあげるか?というメソッドの方に重要性があります。使われない、使いにくいから、とシステムをいじり続けるのではなく、営業コンサルティング文脈の支援先を探して、行動をどう変えるか?にアプローチする方が有効です。
また、他システムとの連携や機能拡張といった応用を考えていくと、当初SFAとして捉えている場合はシンプルだったデータ構造が急に難しく見えてきます。取引先は営業先ではなく請求先や納入先といった振る舞いを持ち始め、連携先の業務やシステムなど下流のプロセスに影響を受けてSFA側の業務や入力内容も複雑に変化していきます。定着の壁とは異なり、Salesforceが担うスコープが広がっていきますし、システム連携やデータモデルの統合など、システム設計や構築のスキルが必要になってきます。このあたりで後々のSalesforceの戦略的拡張や新製品・新機能の利用などを妨げる技術的負債が蓄積されやすくなります。
そして何より、Salesforceは企業活動のビジョン、中長期の変革実現に照準を合わせて提案されている仕組みです。コロナによる社会的変化や生成AIを含む技術的変化など外部環境が変われば、ゴール自体も大きく動くでしょう。足元では新しい習慣や文化づくりが必要としながらも、他業務プロセス・システムへの拡張・接続を考えたり、全社戦略や全社システムにおいての位置付けも定義しなおしていくような高度化を進める必要もでてきます。Salesforceプロジェクトは導入後の舵取りが本当に難しく、それ故にエキサイティングなテーマだとも言えます。
Salesforceに限らず、DXと銘打つ取り組みは、IT導入を推し進めていくうちに当初目的に反した抵抗が必ず現れます。「単にツールの恩恵として効率化やコスト削減をするのみで、既存の業務プロセスは変えず、各自が楽になることだけを優先する」というケースはよくあることです。改善活動自体は素晴らしいことですが、本質的な成長や変革に寄与する訳ではありません。現場、事業、経営と異なる時間軸で変化していく組織を繋げ、必須ではないが重要な仕組みと必須な仕組みをどう繋げ両立させるのか、習慣を変える勇気なくして、DXやAI-Readyな企業への変革は難しいでしょう。
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佐伯 葉介(サエキヨウスケ)
株式会社ユークリッド代表。SCSK、フレクト、セールスフォース・ジャパンを経て、2019年にリゾルバを創業。2023年にミガロホールディングス(東証プライム)へ売却。著書『成果を生み出すためのSalesforce運用ガイド』(技術評論社)。一般社団法人BizOps協会エキスパート。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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