多様化する移行手法、選択の基準は?

──SAPの製品の変遷とともに、用語もかなり複雑になってきました。「クリーンコア」「Side by Side拡張」「Fit to Standard」「RISE with SAP」「GROW with SAP」など手法も様々です。
広木:用語が英語のまま、しかも定期的に増える。“現場が理解しづらい”というのは、私も長年肌で感じてきました。背景には、「グローバル基準で用語を統一し、品質や運用を担保する」というSAP本社の意図があるのですが、現場では「何を選択して、どこから何に手をつければいいか分からない」状況が続いています。
クリーンコアとFit to Standard、Side by Side拡張は、本質は一緒です。S/4HANA本体に以前のようなAddonを大量にいれずコアをクリーンにしましょうということです。そのためには、Fit to Standardというシステムの機能に業務プロセスを変更・調整するアプローチが必要です。SAPが得意なグローバルな表現ですが、Fit to Standardでやれば結果的にコアはクリーンになります。
Side by Side拡張も、SAPの標準機能を変更せずに、外部システムやアドオンを並行して開発・運用する手法です。これにより、コアシステムの安定性を保ちながら、必要な機能拡張を実現できます。

また、「RISE with SAP」は既存資産を活かしつつ、Private Cloud基盤、BTP活用までパッケージ化し移行を支援するカスタマジャーニーになります。「GROW with SAP」は新規向けに、標準機能重視のスピード導入を目指したカスタマジャーニーで、導入スピードが早いPublic CloudつまりSaaSです。最近では、SAPも大企業向けというイメージを払拭して、SMB(中堅・中小企業マーケット)を重視していることの反映だと思います。
新規の顧客向け「GROW with SAP」により S/4HANA Public Cloudを導入するというのがSAPの狙いかとは思いますが、まだまだすべての業界に対応できるとは言えず、大企業への導入は現時点では難しいと思います。
実際、グローバル企業の本社は「RISE With SAP」でS/4HANA Private Cloudにして、グループ会社や海外の現地法人は「GROW with SAP」でS/4HANA Public Cloudにするといった提案は現実的です。
──まだ移行に踏み切れない企業に対して、どんなアプローチを提案されますか?
広木:クリーンコアの話をしましたが、やはりプロジェクト期間・費用とも膨大になり、またエンドユーザーへの負担も大きいです。クリーンコアの新規導入が理想ではありますが、プロジェクト期間を圧縮しコストを最小化するには、コンバージョンでの移行も現実的なアプローチといえます。コンバージョン時に、あまり欲張らずにシンプルにS/4HANAに移行し土台を整える、システムが稼働してから、BTP等による拡張を実施していく、というアプローチ提案しています。
コンバージョンへの準備としては、S/4HANA化した場合の影響度調査を事前に実施するアセスメントの実施や、コンバージョンには長いダウンタイムが必要となることが多いため低ダウンタイムで移行する手法の検討や検証、少しでもクリーンコアへ近づけるために自社で積み上げてきたアドオンの「棚卸し」から始めてみるということが考えられます。徹底的に調査・リスク評価をして計画を立案する、今後減らせるアドオンや業務の見直しポイントを洗い出しなどを行います。
また、現在のシステムから過去データ・不要データを事前にデータアーカイブしておくといったデータマネージメント、Side by Side拡張に備えてECC本体外での開発について検討、なども事前準備として有効といえます。
これらをS/4HANA・Cloud化への準備を整えるというこで私は「Ready to RISE」と呼んでいます。このような段階的移行アプローチをとるのが現実的だと思います。
今後今より安価かつ効果的な移行手法も出てくる可能性もありますし、新しい移行の選択肢も増えています。まずは最新動向をキャッチアップして、自社にとって最適な移行方法やロードマップを策定してほしいですね。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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