「2025年の崖」と混同されがちなSAP ERP(ECC6.0)の保守終了問題。2027年のサポート切れまで2年を切った今、多くの企業が移行の選択肢に悩んでいる。25年にわたってSAPビジネスに携わってきたBeeX 代表取締役社長の広木 太氏に、SAP製品の変遷から現在の移行課題、そして実践的な解決策まで聞いた。
SAP導入初期の期待と現実に生じた課題

──まず、広木さんがSAPに関わり始めた頃の状況を教えてください。
広木:私がERP現場に入ったのは1990年代後半、SAP R/3の時代からです。日本企業がY2K、いわゆる2000年問題への対応をきっかけの1つとして、基幹システムを刷新し始めていました。「グローバル標準」「経営の可視化」「グループ統合」──そんな理想を掲げ、SAP R/3やECCを次々と導入したのです。2000年代初頭には、SAP R/3 4.6/4.7、続くECC 6.0が導入されました。基幹業務を横串で統合できる「横並び標準化」は製造業や流通業、商社等を中心に高く評価され、導入の波が広がりました。
──しかし、現実は理想通りにはいかなかった?
広木:はい、現場では“日本流の現場主義”が壁になりました。標準機能ですべて対応できればよいのですが、実際は「うちの帳票だけは絶対譲れない」「この伝票フローじゃないと現場が回らない」というこだわりが噴出します。結局、パッケージソフトなのに各社の要件を満たすアドオンが重なり、どこも「アドオンのお化け」と化していったのです。
──その反省から、業界テンプレートなどが生まれたのですか?
広木:どちらかというと導入コストの削減が狙いと私は捉えています。特に日本企業の業界に合わせたテンプレートを次のステップで始めました。ところが、テンプレートと言っても、結局はアドオンの塊のようなものでした。SAPが出している特定インダストリーのテンプレートもありましたが、日本の業界に合わせた、日本製のテンプレートの導入が多かったと思います。R/3からECC 6.0、そして現在のS/4HANAへと進化してきました。アップグレード時には、どうしても前バージョンやアドオン資産を引きずりがちで、それが今の「ITの負債」につながっています。
技術革新の転換点:HANAからS/4HANAへ
──「HANA」という名称が出てきたのは2010年代ですね。
広木:2010年にインメモリデータベースのSAP HANAがリリースされました。これはDBとしての技術革新でした。高速処理を期待して一部の企業が導入を進めましたが、特に高速化ニーズがある分野が中心です。それまでSAPはMS SQL ServerやOracle、IBMのDB等の上で動いていましたが、SAPが独自にDBを持つというのは業界でも大きなインパクトがありました。
──HANAはどう普及したのでしょう?
広木:HANAの高速性による業務効率化や高速レポーティングへの期待は大きかったですが、既存のDB(SQL ServerやOracle)で問題ない企業にとっては、HANAへの切り替え動機が弱かった。
──しかしHANAがあったからこそ、2015年にS/4HANAが生まれた?
広木:2015年に登場したS/4HANAは、HANA上で動くことを前提に、ERPアプリケーション自体を根本から再設計した製品です。この戦略転換は大きかったですね。例えば財務会計(FI)、管理会計(CO)、固定資産会計(AA)など別テーブルで処理していたものがユニバーサルジャーナルという単一テーブルに統合されました。これによりリアルタイム性の向上、中間テーブル、集計テーブルが不要になり、DBの容量削減、データ構造もシンプル化されたことは大きな変化でした。業務のスピード効率化が進み、レポートなどもタイムラグなしに見ることができるなど、リアルタイム性の向上が大きかったと思います。
──それでもECCからの移行がなかなか進まなかったのはなぜでしょうか?
広木:S/4HANAは、従来の「アップグレード」ではなく「Fit to Standerdによる新規導入(グリーンフィールド)」が推奨されています。つまり、システムだけでなく、システムにあわせて業務プロセスも見直す必要があり、費用も期間も膨大です。「今のシステムに大きな不満がなければ急いで移行する必要はない」と考える企業が多いのが現実です。
一方で、ECC 6.0導入時点でアドオンが比較的少ないシステムで現状システムに問題をかかえていないなら、コンバージョン(アップグレード移行:ブラウンフィールド)で対応する企業も増えています。グリーンフィールドよりは期間が圧縮できますが、それでも今までのアップグレードよりは難易度が高いです。ただ、全体的にはS/4HANA登場以降、S/4HANAも新バージョンが繰り返しリリースされたことで、新規導入やコンバージョンともに機運が高まったことは事実です。
──経済産業省のDXレポート「2025年の崖」というキーワードの後押しもあったのでしょうか?
経産省が警鐘を鳴らしたのは、あくまで「レガシーシステム老朽化や人材不足による経営リスク」であり、かならずしも「SAP保守切れ」に限った話ではないのですが、当時はECC6.0の保守切れが2025年ということもあり、IT業界のマーケティングメッセージとして一人歩きしてしまった感がありますね。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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