接客現場でAI実用の先陣を切る──「JINS AI」スピード開発から旗艦店で実装まで1年間の軌跡
第47回:株式会社ジンズ グローバルデジタル本部 ITデジタル部 事業基盤課 黒尾玲奈さん
IT未経験でジンズに入社した黒尾玲奈さんは、自ら手を挙げて「AI推進室」(当時)のリーダーとなり、対話型接客ツール「JINS AI」の開発を牽引。約1年間の実証実験を経て、2026年春にグローバル旗艦店の銀座店で本番運用にこぎつけた。AIプロジェクトの多くが“PoC倒れ”に終わる中、なぜジンズは実装までたどり着くことができたのか。
「AIは当たり前になる」社長を筆頭に“未経験3人”での船出
酒井真弓(以下、酒井):黒尾さんはIT未経験でジンズに入社されたそうですね。
黒尾玲奈(以下、黒尾):前職ではブランド企画の仕事をしていました。ブランドって、どこか捉えどころがないもののように思えて、結局はお客さまとの接点から生まれるものなんですよね。それなら、その接点をつくる側に回りたいと思ったのがきっかけです。転職先を探す中で、「ITで接点をつくる仕事もある」と知り、未経験でしたが飛び込みました。
酒井:2024年11月には、AI推進室の公募に自ら手を挙げてリーダーになられました。
黒尾:生成AIが出てきた当初より、CEOの田中仁から「AIは絶対にこれから当たり前になる。業界に先駆けて取り組んでいこう」と推進方針が示されていて、その波に早く乗りたいと思ったんです。私はもともと、0から1を生み出して、それを10に育てていくのが好きで、世の中にまだ正解がないものを試行錯誤しながら作り上げていくのは楽しいだろうなと、迷わず手を挙げました。
メンバーは、本部から来た私と、店舗経験者2人の計3人。AIに携わるのは3人とも初めてで、いわば初心者だけの船出でした。ただ、店舗経験者の2人は、誰よりもお客さまの近くにいたメンバーなんです。店頭でお客さまが何に迷い、店員に何を聞くのかを肌感覚で知っているのはとても心強かったですね。
とはいえ3人だけでは、どうしても活動の幅が広がらない。そこでプロジェクトの走り出しから、知見のある外部パートナーに伴走していただきました。専門領域はパートナーに支えていただきつつ、私たちは「ジンズとして本当に必要なものは何か」を軸にプロダクトを開発していきました。
酒井:前例がほとんどない中で、踏み出せた原動力は何だったんですか。
黒尾:他社さんからも「どうやってまずPoCに漕ぎつけたのか」とよく聞かれます。大きかったのは、始めた時点で目的をはっきり据えていたことです。実用に耐えうる品質を担保した上で世に出し、お客さまの実際の反応から「どこに目があるか」を探る。それが当初からのゴールでした。
もう一つは、プロジェクトオーナーが社長の田中亮だったことです。よくある失敗で、とりあえずAIでプロダクトを作ってみたものの、各部門の意見がまとまらずに頓挫してしまうパターンがありますよね。私たちの場合は、リリースに必要な品質ラインと目的を社長と直接すり合わせ、「じゃあ一旦こうしよう」とその場で決めて進めました。
社長自身、「JINS AI」にとても思い入れがあったのだと思います。当時、プラットフォーマーはAIを導入し始めていましたが、小売業のプレイヤーがやる例はまだ少なく、ましてアイウェア業界ではありませんでした。だからこそ「先陣を切ろう」という意思が強かったんです。
3ヵ月で開発も「使ってもらえない……」どう乗り越えたのか?
酒井:先行事例がない中での挑戦。振り返ってみて何が一番大変でしたか。
黒尾:よく「3ヵ月で開発」というスピードに注目していただくんですが、本当に大変だったのはその後──2025年4月に「JINS AI」の試験運用を始めてから、2026年3月にグローバル旗艦店の銀座店で本番展開するまでの1年間です。お客さまの意見を聞きながら、「どこに目があるか」をひたすら探り続けました。
大変だったことは大きく2つあります。まず、そもそも使っていただけないこと。店頭でスマホを使い、しかもAIとチャットしながら買い物をする感覚自体ないじゃないですか。お客さまはメガネを見たい、試着したいと思って来店されるので、店頭にQRコードを置くだけでは興味を持っていただけなかったんです。
もう1つは精度です。使っていただけたとしても、お客さまの期待通りの回答や商品提案ができない。その結果、「メガネを1本選んで購入していただく」ところまで、なかなか結びつきませんでした。
酒井:どうやって乗り越えたんですか?
黒尾:とにかくいろいろ試してみました。まず、「JINS AI」がマッチする店舗特性を分析しました。すると、首都圏の、特に海外からのお客さまが多い店舗でよく使われる傾向が見えてきたのです。次に、店員から積極的にご案内したら使っていただけるのか、満足度は上がるのかを検証。セルフで選べるという本来の思想とは少し逸れるのですが、一旦振り切って全員にご案内してみたところ、NPS(このお店を人に勧めたいかを数値化した指標)が上がることも分かりました。
お客さまの声は、紙のアンケートではなく、直接声をかけて集めました。「どんなときに使えそうか」「今後も使いたいか」など仮説として用意した機能が、実際にお客さまに響いたのか、違ったのか。それを一人ひとり直接うかがって確かめたかったんです。
そうして分かってきたのが、「JINS AI」に価値を感じてくださるお客さま像でした。意外と多かったのは、店員と話さずに自分のペースで選びたいお客さまだったのです。アパレルショップなどでは一人で完結できても、メガネはレンズの種類など聞かなければ分からないことが結構ありますよね。その「聞かなきゃいけない」部分を自分で解決して、そのまま買える。そこに価値を感じていただけました。もう一つは、言語の壁があるインバウンドのお客さま。母国語で選べることをメリットに感じていただけたんです。
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酒井 真弓(サカイ マユミ)
ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...
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