第一三共の挑戦、AIエージェントを相棒にしてデータドリブン創薬研究の「次のボトルネック」を解く
「Google Cloud Next Tokyo 26」レポート
製薬業界のAI活用は、単なる業務効率化にとどまらないようだ。研究プロセスそのものを自律的に進める存在として、AIエージェントへの期待が集まっている。2026年7月30日から2日間にわたり開催された「Google Cloud Next Tokyo 26」では、次世代創薬におけるAIエージェントの可能性が示された。本稿では、同イベントの特別セッションに登壇した、第一三共の取り組みを紹介したい。
AIで変わる創薬プロセス 第一三共はAIエージェント活用に着手
第一三共は名前の通り、2005年に三共と第一製薬が合併してできた企業だ。同社の研究開発部門にはユニークな専門性を有した研究員が多く集まっており、特に注力している研究領域が「オンコロジー」(がんや肉腫などの腫瘍)だ。2020年には抗体と低分子薬物で複合体を形成させ、腫瘍を狙い撃ちする技術「ADC(Antibody-Drug Conjugate:抗体薬物複合体)」の確立に成功した。現在の第一三共は、独自開発した「DXd ADC技術」を柱に据え、抗がん剤の創製に取り組んでいる。
これは、過去10年からモダリティ(創薬基礎技術)の多様化に取り組んできた成果でもある。一つの新薬を開発するまでには膨大なお金と時間への投資を必要とするが、成功率はそれほど高くない。近年、薬にしやすいターゲットが枯渇してきたと言われる中、ここ10年で従来のモダリティの多くを占めていた低分子の割合が減少し、ADCの他、抗体、核酸、細胞治療など、さまざまなモダリティが登場してきた。世界の製薬会社は、これらの多岐にわたるモダリティを応用し、創薬に取り組んでいる状況だ。これは製薬会社の研究員にとって、より幅広い専門性が求められるようになったことを意味する。第一三共でも、効率のいい知見の蓄積、創薬プロセスの高度化の必要性から、デジタルテクノロジーを積極的に取り入れることで、創薬研究プロセスの変革を進めてきた。
そして、AIの登場で創薬研究プロセスは、従来の“人間を中心とした”ものから大きく変わろうとしている。これまでは「創薬コンセプトの考案」「分子デザイン」「実験」「データ解析」「意思決定」というプロセスをとってきた。問題は各ステップが独立しているため、結果を得るまでに数ヵ月を要することだ。また、合成系や評価系など、専門性の異なる多くの研究者が関わるため、ステップ内でノウハウが属人化する傾向にある。さらに、ステップ間の分断がデータサイロを招き、一連のプロセスを完了するまでに時間がかかる原因にもなっていた。これでは、せっかく確立した中核的技術を多方面に展開しようにもスケールできない。
そこで、第一三共が考えた理想的な創薬プロセスは、「AIによる分子デザイン」「実験の自動化」「得られたデータの学習」を自律的に進めるというものだ。同社 研究イノベーション企画部の岡田浩幸氏は、「AIがデザインした分子を自動的に合成し、実験を自動的に進めていく。実験から得られたデータはクラウドで一元的に管理し、AIはそのデータを学習材料として、次のサイクルを開始する。この『自律循環型プロセス』を実現したい」と語る。
ただし、この新しい創薬プロセスの確立に向けて取り組んでいるのは、第一三共だけではない。世界中の製薬会社がしのぎを削っている状況下、「データ標準化とクラウド基盤の構築」「AIによるプロセスの高度化」「ロボティクススマートラボの実現」を経て、「完全自律型ラボ」に至るまでを段階的に進めなくては実現できない。岡田氏によれば、現在の第一三共は、ロボティクススマートラボの構築を始めたところだ。このステージでは、AI活用は欠かせず、AIエージェントを創薬プロセスに組み込み、実験を行うハードウェアとデータを統合して管理するソフトウェアの両方を同時並行で開発しなくてはならない。
第一三共の「リサーチDX」の歴史は、2018年にまで遡ることができる。低分子化合物のモダリティを対象に、データドリブンドラッグディスカバリー(D4)のプロジェクトを立ち上げ、4年を費やして同領域におけるプロセスの効率化に取り組んだ。2022年までに、32個の研究テーマを対象に、構造活性相関解析の期間を95%減、合成展開の期間も20%減という成果を得ている。また、2025年1月には、米サンディエゴに実験の自動化を目的とするスマートリサーチラボ(Smart Research Laboratory)を立ち上げた。さらに、品川の研究開発センターにも新たな研究棟を建設中で、ここにもスマートラボの設備を導入する計画を進めている。
加えて、別の枠組みとして取り組んでいるのが、AIを活用した「DMTA(Design、Make、Test、Analyze)サイクル」の高速化だ。人間に依存しているDMTAサイクルを24時間365日、実験が可能なものにする。第一三共では、各ステップの自動化にとどまらず、ステップ間の自動連携にAIを実装する取り組みも推進中だ。とはいえ、仮に自動化が実現しても、新たなボトルネックが待っていると岡田氏は指摘する。そのボトルネックとは、DMTAサイクルの手前にある「研究テーマ(仮説)生成」のプロセスである。
AIエージェントの活用が現実になった今、仮説の生成プロセスに挑戦することで、AIエージェントが研究テーマ探索のサポートを担えないか。そう考えていたとき、岡田氏が目をつけたものが「Google Co-Scientist」であった。Co-Scientistは、研究開発プロセスを研究者と共に行う、バディとして設計されたAIエージェントだ。自然言語でどのような研究をしたいのかを入力すると大量の仮説候補を生成してくれ、それらをすべて検証し、どの仮説が優れているのか、ランキング形式で順位付けもしてくれる。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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