日本郵船は、長年利用してきた基幹システムをSAP S/4HANA Cloud Public Editionへ刷新した。移行プロジェクトは2023年から始まり、パブリック版のSAP S/4HANA Cloudを国内最大規模で導入。新システムは2025年7月に稼働開始し、現在まで安定運用を維持している。2026年7月に開催された「SAP NOW AI Tour Tokyo」のグランドキーノートでは、同社のITリーダーたちが登壇し、その取り組みの詳細が大きく取り上げられた。
ECCからS/4HANAへ、稼働後を見据えた「むやみにカスタムしない」という決断
日本郵船は、2022年8月から基本構想の策定を始め、2023年1月より本格的にSAP S/4HANAへの移行プロジェクトを開始した。稼働開始に漕ぎつけたのは2025年7月、現在はそこから約1年が経過した。グループCIO(GCIO)の河野晃氏は、移行プロジェクトの目的について「単なるシステムの老朽化対応のためではなかった」と話す。
従来のシステムはSAP ECCを基に構築されたものだった。様々な個別要件にはアドオン開発で対応してきたが、導入後、システムや業務プロセスを抜本的に見直す機会は限られていた。このため、長年にわたる個別対応の積み重ねによって、システムの複雑化や業務の属人化が進んでいたという。
さらに経理部門では、正確な決算・開示に対する社内外からの要請が一層高まり、業務の正確性や継続性を、個々の担当者の経験や工夫だけに依存せずに確保することが求められていた。
こうした課題とあわせて、テクノロジーの進化や働き方の変化などといった状況も鑑みた。その結果、「数年後のコーポレート部門の姿を見据えた変革は待ったなし」と判断し、日本郵船は「プロジェクト肉まん」を立ち上げることとなる。
「肉まん」には多くの意味を込めたという。様々な材料を混ぜ合わせて作った餡を一つの皮で包むことを、多くの要素を統合する様子に見立てたのが1つ。また、中国で語られている「川の氾濫を鎮めるために饅頭を備えた」という諸葛孔明の逸話に因み、プロジェクトの成功を祈って想いを込めたのが1つ。さらに、英字で「NYKman」と記述すると「日本郵船の人(社員)」とも読める。
導入したモジュールは、制度会計(FI)、管理会計(CO)、為替や借入などの金融取引管理を行う財務取引管理(TRM)、資金繰りのためのキャッシュマネジメント(CM)、グループ内でのインハウスバンキング(IHB)の5つ。プロジェクトでは、「クリーンコア(※)」と「Fit to Standard」の方針を重視した。SAP Cloud ERPが提供する標準機能を最大限活用し、コードにはむやみに手を加えない。どうしても必要な拡張は、コアを維持して周辺で行う。これは、稼働後も継続的な機能更新を取り込み、業務やシステムを進化させていくための選択だったという。経営判断は、短期的な利便性よりも、中長期の進化の可能性を優先した。
※クリーンコアの原則:「クリーンコア(Clean Core)」とは、SAPが提唱する基幹システム(ERP)の運用戦略である。下記5つの基本原則を掲げている。
- ビジネスプロセス:システムの中核はできる限りカスタマイズせず、業務をシステムに合わせる“Fit-to-Standard”を徹底。不要な独自ルールや機能の作り込みを排除し、グローバル標準のプロセスを活用する
- 拡張性:独自の機能を追加する場合、コアシステムを直接改変(モディフィケーション)するのではなく、公開された標準APIや「SAP Business Technology Platform(BTP)」などの外部レイヤーで分離して実装する
- データ:クレンジングと構造化を行い、常に一貫性のある高品質なデータを維持することで、将来のAI活用や精度の高い分析基盤を構築する
- 統合:APIやイベント駆動型アーキテクチャを活用し、外部システムやクラウドサービスと柔軟かつ強固に連携させる
- 運用:手作業を排除し、システムの変更管理や自動化(継続的な更新・パッチ適用)を容易にする
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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