業務部門は「自由にカスタムできない」ことがストレス、一時的な痛みの先にある恩恵をどう説明していくか
河野氏は、移行プロジェクト中に直面した3つの大きな問題を紹介した。1つ目は、期待と現実のギャップだ。プロジェクトのキックオフ時はどうしても気持ちが高揚し、「新システムに変われば、すぐに業務が効率化するはず」と、多くの関係者が期待を膨らませる。しかし、実際には様々な事情が重なって、当初の想定通りにはいかないものだ。そうしたギャップを認識してしまい、それが積み重なると、やがて失望へとつながってしまう。
2つ目は、例外的な処理の実態が顕在化するという問題だ。旧システム時代には、個別のアドオンや現場の工夫でなんとか処理していたため気付けなかったことである。しかし、標準ベースの新システムへ移行した途端、それが自社の業務プロセス固有の問題として浮き彫りになってくる。
そして3つ目は、現場との対話・合意形成が不可欠であるという問題だ。旧システムは、エンドユーザーの要望が細かく反映されており、技術的な問題はあれど便利で使いやすいものだった。対して新システムでは、SAPが提供する標準機能に自分たちが合わせなくてはならない。
自分たちの要望がシステムに反映できないとなると、様々な部門から不満が募るのもある程度仕方のないことだ。移行プロジェクトにIT側のテクニカルリードとして参画した照木麻子氏は、「新システムでは、一度標準プロセスを採用すると、自社の都合だけで自由にカスタマイズすることはできない。しかしエンドユーザーは、『標準のまま妥協したくない』と考えてしまう」と当時を振り返りながら語る。
しかし、標準を逸脱しないとはいえ、ずっと変化がなく不便なままというわけではない。パブリッククラウドとは定期的に進化しつづけるシステムだ。この特性を理解する必要がある。一時的に生じる不便には責任を持って対応することを示し、現場の理解を得る必要があったという。
河野氏も、「短期の痛みを織り込んだ意思決定が必要だった」と話す。以前はできたことができなくなる……。それを「我慢してほしい」だけで済ませては、変革は進まない。経営としては、一時的な痛みの先にどれだけの将来性があるか、説明を続ける責任がある。
加えて、河野氏は「Fit to Standardとは、単に既存の業務を標準に合わせていくことではない。これまで見えていなかった業務課題を、正面から捉え直すプロセスだ」と続けた。すなわち、現状維持ではなく前進のための投資である。短期的な便利さを手放してでも、中長期にはより大きな柔軟性と進化の可能性を享受する。さらに、エンドユーザーとの対話を通じて理解を地道に醸成していった経験は、今後のAI活用の方針を考える上でも、非常に大きな意義があるとした。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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