パブリック版を選択したことが、AI活用でも追い風になった
安定稼働が続けられている理由として、プライベートクラウドでなくパブリッククラウド版を選択したことも挙げられると照木氏。もちろん、アドオン開発を極限まで減らして標準に合わせる作業には、経営・現場・ITの継続的な努力を要したが、その見返りとして「初日からここまで安定したシステムは初めてだ」と、これまでも数々のITプロジェクトに携わってきた同氏も実感があるようだ。新年度を迎えた4月には、半年に一度の機能アップグレードを経験し、その後の本決算にはさっそく新システムで対応。そこでもパブリッククラウドの良さを感じたという。
膨大な船舶を保有する日本郵船では、連結決算の対象は国内外のグループ会社だけでなく、一隻ごとに設立しているSPC(特別目的会社)も含まれる。「一隻一社」の個別会計、決算、マルチカレンシーでの処理が必要となるため、年度の決算処理は非常に複雑で手間がかかる。この決算を新システムで対応できたことは、今後を見据えるうえで大きな手応えにつながったといえるだろう。
この経験を踏まえ照木氏は、「パブリック版のように自由が利かないほうが、長期的に見て逆に良い結果につながるのではないか。今までの属人化したプロセスを標準に合わせるチャンスも得られるし、きれいなプロセスの形を維持できる」と持論を述べる。また、定期的なアップデートを通じて、新機能を継続的に取り込めることもパブリック版の利点だ。システムの進化に合わせて、業務プロセスも継続的に見直していくことになる。
この“継続的な進化”の中には、AIも含まれる。パブリックを選択するという判断は、幸運にもSAP Joule(SAPが提供するAIアシスタントの総称)の迅速な検証を可能にした。SAP S/4HANAへの移行検討を始めた2022年当時は、生成AIブームが始まる前だった。そのため、当時はAI活用を想定していなかったが、クリーンコアとFit to Standardを徹底してきたため、後になってJouleが登場したときにも、検証から活用までを迅速に進められるというメリットを享受できた。「結果論ではあるが、パブリック版を選択して正解だった。自然とAI活用に踏み出せる基盤が整った」と河野氏も語る。今後は、段階的にAI活用を進めていく計画だという。
短期的には、SAPが提供するAI機能のPoCを通じて、AIの基本的な振る舞いや効果、限界に対する理解を深めていくとのことだ。特に期待しているのが、「SAP Sapphire 2026」(2026年5月開催)で発表された、AIアシスタントが複数のAIエージェントを連携させ、決算プロセスを自律的に支援する構想だ。仕訳の作成、勘定照合、エラーの検知・解消など、それぞれの作業を担うAIエージェントが連携することで、決算業務全体の効率化を目指す。決算期に集中する経理部門の業務負荷を、大きく軽減できる可能性がある。河野氏は、「基幹システムに組み込まれたAIの挙動を検証しながら、現時点で2026年末の提供が予定されている新たなAI機能の提供開始を待ちたい」と期待を寄せた。
なお、今回のシステム移行は、あくまでも次の変革に向けた出発点である。これを継続的な進化につなげなくてはならない。日本郵船が目指すのは、使いながら、学びながら、業務もシステムも、そして組織も進化する風土の醸成だ。SAP Cloud ERPの導入を出発点に、変化に適応しつづける経営基盤として育てていくと、河野氏は今後の展望を語った。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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