リアル店舗はもっと進化できる Amazon、ウォルマートに追従
トライアルがこれまで力を入れてきたAI活用は、西友との統合でどう発展していくのか。永井氏は「Retail AIの名の通り、AIで流通が変革できるというビジョンを掲げているが、世界のトップランナーと比較すると、まだスタートラインにいる」と語る。
「海外では特にウォルマートやAmazonがAI活用でかなり進んでいる」と永井氏。Amazonのショッピングアシスタントは商品の説明から比較・提案まで幅広くサポートし、顧客ごとのページ生成やクリエイティブの自動生成も実現している。
トライアルもスキップカートのAIレコメンデーション機能などを実装しているが、「リアル店舗では、売場を通じた商品との出会いや発見という強みがある。そこにAIやIoTを活用することで、オンラインとは異なる体験を提供できる」と永井氏。「リアル店舗はもっと進化できる」と強調する。
具体的な取り組みの一つが、NECと連携した顔認証決済の実験[1]だ。
「日常のちょっとした買い物はできる限り早く済ませたいというニーズがある。スマホを出す手間すら省ける、フリクションレスで快適な買い物体験を提供したい」(永井氏)
トライアルGO脇田店での顔認証決済のイメージ
引用:プレスリリース「トライアルとNEC、安全・安心・便利な街づくりを目指し顔認証分野で協業~宮若市の複数施設で顔認証による決済と入場管理の実証を開始~」(2024年1月23日)
[1] プレスリリース「トライアルとNEC、安全・安心・便利な街づくりを目指し顔認証分野で協業~宮若市の複数施設で顔認証による決済と入場管理の実証を開始~」(2024年1月23日)
トライアルに普及するDNA「失敗は財産」
トライアルはあさひ屋として1974年、リサイクルショップとして開業した。1984年にはトライアルカンパニーへ商号を変更し、当初は小売店向けのPOSシステム開発や大手コンピューターメーカーの受託を行い、「ITで流通を変える」というビジョンのもと、流通小売業へと事業を拡大してきた。
「挑戦しないと価値は生まれない、失敗は財産」の哲学を浸透させるため、社内には必読書が何十冊もあるという。ジェフリー・ムーアの『ゾーンマネジメント』、ジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー』などを皆で徹底的に読み込むことで考え方を共有している。社内の会話に本のフレーズが頻出するようになると、AIの重要性を誰に言われなくとも理解し、行動できるようになる。
さらに小売業界の構造変化を見据え、社員にはAIを体系的に学ぶためG検定の取得を働きかけている。現場の社員たちは、ITパスポート試験の勉強から始めたり、統計学を学んだりと主体的に取り組んでいるという。
永井氏自身もこの文化を体現してきた。2021年にRetail AIに入社した永井氏は、当時のトライアルの代名詞だった店舗のAIカメラを担当した。
「当初の計画では、お客さまの購買状況や商品への関心度、売場の欠品状況を把握するため、すべての棚、すべての売場にカメラを設置しようと考えました。福岡のアイランドシティ店に大量のカメラを取り付け、『これが全店舗に展開できる』と期待していました」(永井氏)
しかし現実はそう甘くはなかった。「売場を動かしているのは人で、情報は得られても、それをどう活用するかが見えない。全売場に展開し、徹底活用するのは困難でした」。
一見すると失敗に終わったこのプロジェクト。だが、売場状態の把握や画像AIによる欠品状態の可視化技術は確実に蓄積されていた。そして数年後、省人化が前提のトライアルGOで、この技術が真価を発揮することになる。
「トライアルGOでは、Retail EyE(売場監視システム)が設置され、売り場を遠隔管理できます。店長が常駐しない代わりに、エリアマネジャーやスーパーバイザーが複数店舗をモニタリングし、必要なタイミングで指示を出す。データは品揃えや商品供給の改善にも活用されています」(永井氏)
「1回試してみて学んだことを、違う形で価値につなげる。この繰り返し」と永井氏。まさに、失敗は財産だ。
「10年後、20年後には、どの小売もデータとAIを活用したオペレーションになる。時間軸が違うだけで、もはや不可避です。トライアルの役割は、失敗事例も含めた先駆者として、チャレンジする姿を見せながら、業界全体のDXを加速することにあると思います」(永井氏)
失敗を学びに変えるDNAが、西友との統合でどんな化学反応を起こすのか楽しみだ。
取材後記:“ドスン”という大砲を感じた
「名は体を表す」というが、トライアルほどそれを貫く企業は珍しいのではないだろうか。2020年の取材で、現トライアルホールディングス 代表取締役社長の永田洋幸氏は、「すべてはオモチャから始まる」と語ってくれた。
「まずは、オモチャから何ができるのか。とにかく、たくさん小さな銃弾を撃つ。どの銃弾が命中するかなんて分かりません。でも、これと決まったら、“ドスン”と大砲を打つのが成功の秘訣」と語り、『ビジョナリー・カンパニー』にそう書いてあったのだと笑った。
永田氏は、かつて中国でスーパーセンター事業にトライした過去を持つ。しかし、中国はもともと人件費が安く、店舗経費という概念がないということが分かって断念。その後、自社開発のデータ分析ツールを引っ提げ、シリコンバレーで起業するも、3年で撤退することになった。「日本であと10年は勝負できたとしても、30年後はどうか」という強い危機感があったという。
あれから5年。筆者には、今回の経営統合で“ドスン”が現実のものとなったように思える。次のオモチャは何だろう。その答えが見たい。
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                    酒井 真弓(サカイ マユミ)
ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...
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