急成長企業が直面するナレッジ管理の混乱を、AIチャットボットで解決したfreee。月に約1万件の社内質問に応答する「わカルさんbot」の背景には、単なるAI導入を超えた組織的な取り組みがあった。同社の稲村氏が明かす、効果的なAIチャットボット構築の全貌とは。
急成長企業のナレッジ危機からAIプロジェクトを始動

コロナ禍を経て急拡大したfreeeでは、深刻なナレッジ管理の問題が浮上していた。「どこに何のデータがあるかわからない、誰に何を聞いたらいいかわからない状況でした」と、同社の稲村氏は当時を振り返る。組織の急成長に伴い、情報は各部門に点在し、社員は日々「情報の海に溺れる」状況に陥っていた。
2023年前半まで、社内の問い合わせはMeta社の社内SNSツールである「Workplace」上でチームごとに「ask_〇〇チーム」のようなグループに投稿する形式で行われていた。しかし人員増加とともに、対応の管理が困難になった。「チケット化されていないので対応漏れが起き、対応にも時間がかかるなど管理しきれない状態でした」と稲村氏は説明する。SNSツール上での問い合わせ対応は、対応状況の可視化が難しく、個人の力量に依存する運用となっていた。
この状況を打破すべく、同社は2023年5月にアトラシアンのプロジェクト管理製品である「Jira Service Management」を活用し、対応するためのQ&Aを同社のドキュメント管理ツール「Confluence」に蓄積し、それまでGoogleドライブに点在していたマニュアルや規程類を、検索可能な形で整理し始めた。そして同時期に検討が始まったのが、AIチャットボット「わカルさんbot」の開発だった。
「わカルさんbot」誕生の技術的変遷
2023年前半、当時CIOだった土佐鉄平氏主導でAIチャットボットの検討が開始され、同年後半に本格化した。初期段階では、Googleドライブに点在していたマニュアルをかき集めて、既存のChatGPT 3.5ベースのプラットフォームに投入する実験から始まった。
しかし既存プラットフォームには「自分たちでいじれない」という根本的な課題があった。特に問題だったのは、RAGの構築にVector DBを活用していたために、ナレッジを追加・編集する際にGitHubでコードを書く必要があったことだ。「バックオフィスのメンバーがメインなのに、エンジニアリングの知識が求められる。日々メンテナンスして育てることに限界がありました」と稲村氏は振り返る。
この課題を解決するため、2024年6月には現在のGoogle Cloud上の「Vertex AI」(当時はGemini 1.0)を使った構成に移行した。データソースをConfluenceに集約し、簡易RAGとしてGoogleの検索エンジンを利用できるVertex Searchを活用することで、誰でも簡単にナレッジを追加・更新できる仕組みを実現した。構成はシンプルで、Confluenceをデータソースとし、Google Cloud上でRAGを構築、SlackをインターフェースとするMVP的なアーキテクチャを採用した。
プラットフォーム移行時には品質低下を懸念していたが、「それほど深刻な問題もなく移行できました」と稲村氏は語る。Geminiの性能向上とナレッジの充実が同時並行で進んだことが、スムーズな移行と利便性向上につながった。
キャラクター化が生んだ親しみやすさ

「わカルさんbot」というネーミングは、既存の社内キャラクターを活用したものだ。以前から社内アナウンスやアンケートで登場していた「わカルさん」を、AIチャットボットにも採用した。「『わかる』という名前が、ボットの性質として非常にフィットしました」と稲村氏は説明する。
語尾に「ワカ~」を付けるキャラクターを設定し、業務ツールでありながら親しみやすい存在として定着した。このキャラクター化により、「業務にあまり関係ないことも話しかけたくなる」効果が生まれ、利用の心理的ハードルを下げることに成功している。実際、月に約1万件という高い利用頻度の背景には、このキャラクター設定が大きく寄与している。

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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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