本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。今回取り上げるテーマは、「元社員が営業秘密を漏洩、情報管理の仕組みは整えていたのに……この場合、企業側に非はあるのか?」です。ある企業で、元社員が営業秘密を外部に漏洩する事例が発生しました。しかし裁判にて、元社員は「会社の情報管理に欠陥があるのだから、この情報は営業秘密にはあたらない」という主張を展開します。この主張は果たして通用するのでしょうか。また、万が一こうした事例で企業側が敗訴する場合、どういった不備が原因となるのでしょうか。
情報管理規程はあった。それでも元社員が営業秘密を外部に漏洩した
今回は、営業秘密の管理を巡る裁判について紹介します。ほとんどの企業が様々な営業秘密情報を持っており、この情報をいかに守るかが重大な課題となっています。各種の情報管理規程を策定し、社員教育を行い、情報システムやデータベースへのアクセスも厳重に管理することは、今やほとんどの組織において必須です。事実、情報を守るために様々な手当を行っている組織が多数派でしょう。
しかし、そうした仕組みの整備を行ってもなお、営業秘密の漏洩が発生し続けていることも事実です。規程類を整備し、システムやデータベースへのアクセスも一定程度の管理・制限はしていた。それにもかかわらず、情報の漏洩が発生してしまった。そんな事例で起こった裁判を紹介します。
大阪地方裁判所 令和2年10月1日判決より
ある家電量販店で商品開発や企画の管理職を務めていた社員(以下、元社員という)が、退職前の3ヵ月にわたって、商品の仕入価格や粗利率、メーカーごとの掛率などが記載された標準構成明細、業務フローや運用マニュアル、工事料金表、販売促進計画などを自宅の私物パソコンに持ち出した。
元社員は退職後、ライバル企業に就職し、これらの情報を利用して業務を行っていた。家電量販店はこれを不正競争防止法上の営業秘密漏洩であるとして、元社員と転職先企業を相手取り損害賠償を請求する訴訟を提起した。
一方で元社員らは反論した。不正競争防止法で保護される「営業秘密」と認められるには、その情報が「秘密として管理されている」こと(秘密管理性)が必要である。元社員らは、家電量販店の情報管理には欠陥があり、秘密として管理されていたとは言えないため、そもそも営業秘密には当たらないと主張した。
出典:裁判所ウェブ 事件番号 平成28年(ワ)第4029号
少し補足をします。「家電量販店の情報管理に欠陥があるのだから、情報は営業秘密にあたらない」という元社員側の主張は、いかにも身勝手に見えるかもしれません。鍵をかけていない家屋に侵入して金品を盗んでも、窃盗罪にはあたらないと言っているかのようです。
しかし情報の管理が不十分な場合、例えばしかるべきアクセス制御を行っていなかったり、情報管理規程や体制が未整備だったりした場合、その情報自体が「営業秘密」にはあたらないというのは、他の裁判でも示された考え方です。このあたりは、少し世間の常識的な感覚とはズレるところかもしれません。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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