税務人材の確保に苦しむ日本企業は少なくない。グローバル企業では数十人規模の税務部門を抱えるケースも珍しくないが、日本の上場企業でそこまでの体制を持つ企業は限られる。人材不足に加え、Pillar 2やESGタックスレポーティングなど、税制の複雑化も進む一方だ。 こうした課題に対し、PwC Japanは2026年1月、AIを活用した税務業務変革の組織体制として「PwC TS Japan」「AI Factory」の発足を発表した。三菱商事との実証実験では平均正解率97%を達成し、第一法規との共同研究では税理士評価で90%超の精度を実現するなど、着実に成果を積み重ねている。
税務人材不足という構造的課題
冒頭、PwCの高島氏は日本企業の税務部門が直面する厳しい現実を語った。
「人材不足がある中で、税制はどんどん複雑化している。社内の税務人材を育成しなければならない一方、せっかく育成しても転職されてしまう。我々のようなアドバイザーには、仕事の依頼だけでなく、税務人材の出向・派遣の依頼が非常に多い」(高島氏)
とりわけ負荷が高まっているのが、グローバル対応だ。Pillar 2などの国際税務規制により、全世界の子会社から税務情報を収集する必要が生じている。「情報収集だけでも非常に大きな課題になっている」と高島氏は指摘する。
税務といえば法人税の申告書をイメージしがちだが、実際には、申告書作成以外にも多様なレポーティング業務が存在する。とりわけPillar 2に関連するデジタル課税のレポーティングは非常に複雑だ。各国子会社から情報を収集する必要があり、国内で完結しない点も負荷を高めている。
「国内子会社だけでなく海外子会社からも、税務特有の情報を含めて収集しなければならない。情報収集だけで非常に大きなテーマになっており、ここをAIで代替することを検討している」(高島氏)
また、税務業務はコンプライアンスの要素が強く、「申告書を間違いなく作成する」ことが税務部門への大きなプレッシャーとなってきた。具体的には、実効税率のマネジメントや、企業の税貢献度を可視化する「タックストランスペアレンシー」、ESGタックスレポーティングなどが求められるようになってきている。
PwC TS JapanとAI Factoryを発足
こうした課題に対応するため、PwCは2025年9月に2つの組織を立ち上げた。
一つは「PwC TS Japan合同会社」だ。AIエージェントの受託開発やマネージドサービスを通じて、クライアント企業の税務業務にAIを組み込む支援を担う。
もう一つは「AI Factory」。こちらはPwC Japanグループ横断の組織で、AIエージェントのラピッドプロトタイピングを専門に行う。税務特化のPwC TS JapanとAI Factoryが連携することで、グループ全体としてのAI開発を加速させる狙いだ。
AI活用の2つの原則:「判断は人間」「100点は目指さない」
続いて登壇した橋本氏は、AI活用における2つの原則を強調した。
まず、「判断は人間が行う」という点だ。
「AIにやらせるのは分析・予測・点検・分類・抽出といった仕事だ。判断そのものをAIに委ねてはいけない。AIでは責任を取れないからだ」(橋本氏)
ヒューマン・イン・ザ・ループの概念は、特に税務の世界では当然のことだと橋本氏は述べる。
次に「100点は取れないことを受け入れる」という姿勢だ。なぜ100点が取れないのか。橋本氏は「パターンが多すぎる」と説明する。税務の世界は条文だけで成り立っているわけではない。実際の経済活動があり、取引がある。そしてその取引には、それぞれ固有の背景がある。「一つとして同じものはない」からだという。
経理財務では誤差は許されない。だからこそ、類型化して9割を処理し、残り1割の例外は人が対応する。これが現時点での現実的なアプローチだ。
PwCが描くビジョンは、単なる人員削減ではないという。現在、経理や税務の現場では手作業によるデータ入力や抽出など、付加価値の低いルーティンワークが多くの時間を占めている。AIでそうした作業の比重を反転させ、人はより高度で専門性のある業務に集中できるようにする。「これまでの"三角形"の構造を逆転させたい」と橋本氏は意気込みを示した。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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