「実用的量子優位性」の達成 CPUとGPUに加えて「QPU」が主役に
量子コンピューティングが実用化のフェーズに入ったことを証明する最も決定的な出来事が、Think 2026で発表された「実用的量子優位性(Practical Quantum Advantage)」の達成である。長年、量子優位性(Quantum Advantage:量子コンピューターが古典コンピューターを凌駕する状態)は人工的に作られた問題でのみ実証されてきたが、今回ついに企業投資による“現実のビジネス”において優位性が示された。
量子ソフトウェアのスタートアップであるQ-CTRLのCEO マイケル・ビアクック氏は、Think 2026で次のようにその成果を報告している。
「われわれが言う『実用的量子優位性』とは、理論上の可能性に焦点を当てたものではない。顧客が現在直面している現実の問題、つまりお金を払ってでも解決したい問題を既存のツールよりも速く解決できることを意味する。今回、材料科学の問題において古典的なスーパーコンピューターのクラスタで100時間以上かかっていた計算をIBMの量子システムとQ-CTRLのソフトウェアを組み合わせることで、わずか2分46秒で実行することに成功した」(ビアクック氏)
120量子ビットで約10万回もの2量子ビット操作をともなう複雑なアルゴリズムを実行し、100時間かかっていた計算を3分弱で完了させるという約3,000倍の高速化は、材料科学やエネルギー伝送、バッテリー設計といった分野の研究手法に大きなインパクトを与えるという。なお、Q-CTRLはアルゴリズム自体を変更するのではなく、ハードウェアのエラーを抑制し、システムの“潜在的なパフォーマンス”をソフトウェアで引き出すことで、この結果に結びつけたとしている。

今回のIBMとQ-CTRLによる取り組みを実現したのはハードウェアとソフトウェアの進化だけでなく、「量子セントリック・スーパーコンピューティング(Quantum-centric supercomputing)」と呼ばれる新たなアーキテクチャが背景にある。これは量子コンピューターだけですべてを処理するのではなく、CPUやGPU、そして「QPU(量子処理ユニット)」という3種類の異なる計算リソースを統合し、それぞれが得意とする処理を担うというアプローチを指す。
たとえば、分子の振る舞いを理解するための「SQD(Subspace Quantum Diagonalization)」と呼ばれるハイブリッドアルゴリズムでは、量子コンピューターが量子力学的な状態を計算して入力情報を生成、古典的コンピューターがその生成結果を受け取って最適化を行い、再び量子コンピューターにフィードバックするというサイクルを繰り返す。両者を組み合わせたワークフローにより、古典的コンピューター単独では到達できない精度と速度を実現しているのである。つまり、量子コンピューターは、それだけで完結するような“魔法の箱”ではなく、既存のスーパーコンピューティング環境との緻密なオーケストレーションによって初めて、実社会の課題を解き明かすためのエンジンとなるのだ。
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
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