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「インシデント」と対峙する者の世界

これは対岸の火事ではない──ドコモ・バイクシェアの大規模障害に見る、システム移行の構造的な難しさ

一方的な批判は何も生まない。当時の判断・対応を紐解くことで、その背景と教訓が見えてくる

一刻も早くサービスを止めるべきか?復旧判断の難しさ……

 もう一つ注目したいのは、不具合の発生から全国停止までに数日を要している点である。利用しづらい状況が生じてから、全サービスの一時停止に踏み切るまでには3日間のタイムラグがあった。この間、担当部門では、限定的な不具合として様子を見ながら復旧を試みるべきか、それとも利用者への影響を最小化するために早期に停止すべきか、難しい判断を迫られていたはずである。

 システム障害対応において「サービスを止める」という判断は、実務上もっとも重い意思決定の一つだ。止めれば利用者には確実に迷惑がかかる一方、止めなければ被害が拡大するリスクがある。このトレードオフを、誰が、どの情報をもとに、どのような基準で判断するのか……。これらを事前に決めておかなければ、現場は都度その場で悩みながら判断せざるを得ない。しかも、事前に決められていないときほど、「もう少し粘れば直るかもしれない」という希望的な見立てが働きやすく、判断はさらに遅れがちになる。

 「事前準備」と聞くと、バックアップ&レストアや切り戻し手順の整備といった、技術的な対策ばかりが語られがちだ。しかし、バックアップの間隔やログの状態にもよるが、データを完全に戻すことは現実的に極めて難しい。そのうえ、当該サービスは自転車やポート(駐輪場)などの物理レイヤーとも関係している。技術的な備えだけでは限界があるからこそ、「どの状態になったら、誰が止める判断をするのか」という運用面の合意を、平時のうちに関係者間でそろえておく必要がある。

 今回の場合、復旧の過程では奈良エリアが真っ先に再開。その後、地域ごとに順を追って再開が進められた。全国一斉、あるいは大都市圏からの即時復旧を期待したユーザーからは、歯がゆく感じられたかもしれない。

 だが、システム障害対応の観点からは、この進め方には一定の合理性を見出せる。全国の拠点が同一のシステムに接続している場合、復旧作業でいきなり全体を接続、または大都市圏から接続すれば、再び想定を超えた負荷がかかり、二次的な障害を招くおそれがある。段階的に戻していく進め方は、リスクを抑えながら復旧の確度を上げる、地に足のついた対応だったとみることができる。もし焦って全面復旧を急いだ結果、再度の停止を招いてしまっていたら、利用者の不便はむしろ長引いていたはずだ。

原因が公表されるまでの約2週間をどう見るか

 さらに、もう一つの論点は、原因の公表までに約2週間を要した点である。よく見かけるのは、原因が確定してから発表するケースだ。複数拠点にまたがる複雑なシステムほど、原因の特定には時間がかかる。その間、利用者からすれば「何が起こっているのか分からない」「原因公表が遅い」という状態に置かれ続けることになる。

 この点については、原因が確定するまで公表を控えるよりも、「現在何を確認できていて、何がまだ分かっていないのか」という状況そのものを逐次共有する姿勢のほうが、ユーザーや顧客との信頼関係を保つうえで効果的である。

 実際、今回の一連の発表では、原因が未確定の段階から「返却できない自転車はポートに駐輪して施錠すればよい」という案内や、「利用料金は手続き不要ですべて返金する」といった方針が公式に示されていた。原因究明という「今はできないこと」がある一方で、利用者保護という「今できること」を早期に示し続けた点は、利用者にとって根本解決とはならないものの、対応としては評価に値する。

 説明責任とは、すべての事実を把握していることではなく、自分たちが何を知り、何をまだ知らないのかを明らかにし続けることでもある。

次のページ
今回の障害から得られる3つの実践的教訓

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この記事の著者

野村 浩司(ノムラ コウジ)

株式会社インシデントテック 代表取締役
株式会社NTTデータ  経営戦略室事業戦略担当  シニアエキスパート
グロービス経営大学院 MBA(経営学修士) 修了金融システムの開発・保守・運用と改善を15年担当し、10年にわたり約2000件の障害事例を分析。システム障害...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

松浦 修治(マツウラ シュウジ)

株式会社ハートビーツ サービスマネージャ/アライアンスマネージャ
JISTA(一般社団法人日本ITストラテジスト協会)理事グロービス経営大学院 MBA(経営学修士)修了。筑波大学第2学群日本語日本文化学類卒業。株式会社リクルートにて、人材事業のプロジェクトマネジメント、ITサービスマネジメントに16年従事...

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