これは対岸の火事ではない──ドコモ・バイクシェアの大規模障害に見る、システム移行の構造的な難しさ
一方的な批判は何も生まない。当時の判断・対応を紐解くことで、その背景と教訓が見えてくる
今回の障害から得られる3つの実践的教訓
今回発生した障害では、特殊な事例ではなく、大幅な仕様変更や更改に携わるすべてのIT組織が直面し得る課題が映し出されている。今後に向けて、実践に活かせる教訓を3つ挙げたい。
第一に、性能試験の限界を前提とした移行計画を組むこと。本番同等の負荷を完全には再現できない以上、変更後にどの範囲まで様子を見て、どこで踏み込んだ判断をするのかという段階的な移行の設計自体を、リリース計画の一部として扱う必要がある。今回の事例でいえば、ログイン方式と精算方式の変更を別タイミングで実施する判断もあっただろう。
第二に、“止める基準”と“復旧の方針”を平時に決めておくこと。緊急時に一から議論するのではなく、まずは「どのような兆候が出たら、どのような閾値をもとに、誰の権限で、どのようにサービスを止めるのか」を、あらかじめ合意し、記録に残しておく。この一手間があるだけで、判断の遅れは確実に減らせる。
また、止めたら後で復旧させなければならないが、焦って一斉復旧させるのではなく、部分復旧させる選択肢を持つべきだ。今回のように、変数が多く複雑な仕組みにおいては、実績を見ながら随時復旧させていくことが、結果としてユーザーへの影響を最小化できる可能性が高くなる。
これらの準備に加えて、日頃から「システムが1時間止まった場合の損失額」を具体的な数字として持っておくことも必要だ。利用者数や利用料金から機会損失を割り算しておくだけで、「止める」判断の重さと、「止めない」ことのリスク、そして「どのように復旧させるか」を、感覚ではなく数字で比較できるようになる。この数字が現場と経営層の間で共有されていれば、緊急時の意思決定にかかる時間は確実に短縮できる。ドコモ・バイクシェアのような広域サービスであれば、地域ごとの利用実態を踏まえた損失の見積もりが、次の判断をさらに速くさせる材料になるはずだ。
そして第三に、状況の透明な発信を続けるということ。原因が確定していない段階でも、「現在調査中である」「復旧に向けてこのような対応を進めている」「障害発生中においては、このような対応をしていただきたい」といったアナウンスが、ユーザーにとっては重要な情報となる。
今回の事例では、返金対応や原因・再発防止策を段階的に公表していたが、ユーザーが期待するスピードに応えられているかという点では、当時のSNSの反応をみる限り、残念ながらそうではなさそうだ。障害対応に追われる中でベストを尽くしたのだろうと推察されるが、利用者の期待値との差はこのように発生してしまう。だからこそ、大規模障害発生時の発信体制の準備は用意周到に整えておく必要がある。
一方的な批判から進歩は生まれない
冒頭、「批判の前に構造の理解を」と述べた。もちろん、批判そのものは重要だ。批判があってこそ、課題を認識し改善へ向かうことができる。しかし、こういうシーンでは批判というより非難の色が濃くなりがちなのも、また事実……。障害が発生した際、厳しい論調のほうが注目を集めやすいという傾向は、メディアに限らずSNS上の反応にも共通して見られる。原因や背景を掘り下げるよりも、「対応が遅い」「説明が足りない」と断じるほうが、短い言葉で多くの共感を得やすいからだ。これはこれで否定はできない。
しかし、実際に障害対応の現場に立った経験がある者からすれば、限られた情報と時間の中で、利用者への影響を最小化しようと判断を重ねていた担当者の姿が透けて見える。だからこそ、発表された事実ベースにはなるが、それらを丁寧に積み上げたうえで、評価すべき点は評価するという姿勢が、業界全体にとっても有益である。
おわりに
システム障害対応の目的は、障害発生時のユーザーへの影響を最小限に抑え、サービスが生み出す価値を守ることにある。今回のドコモ・バイクシェアの対応も、いくつかの要素で改善の余地はあったとしても、段階的復旧の進め方には、地道な努力の跡がうかがえる。
仕様変更が、思わぬ形で全体停止につながってしまう。これは、他のどのIT組織にも起こり得ることだ。今回の事例を「他社の失敗」として素通りするのではなく、自分たちの「止める基準」や「移行計画」を見直す機会として活かすことこそ、システム障害対応に携わる者にとっての実践的な学びになるはずだ。
現場でこの障害に向き合ってきた担当者たちは、決して手を抜いていたわけではないだろう。むしろ、全国に散らばる拠点との調整や、物理的な対応として自転車やポートへの駆けつけ、地域ごとに異なる事情を踏まえながら、慎重に復旧の手順を組み立てていたはずだ。非難だけを重ねるのではなく、その一つひとつの判断にどのような背景や事情があったのかを想像しながら読み解くことこそ、システム障害対応に関わる我々が持つべきスタンスではないだろうか。
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- この記事の著者
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野村 浩司(ノムラ コウジ)
株式会社インシデントテック 代表取締役
株式会社NTTデータ 経営戦略室事業戦略担当 シニアエキスパート
グロービス経営大学院 MBA(経営学修士) 修了金融システムの開発・保守・運用と改善を15年担当し、10年にわたり約2000件の障害事例を分析。システム障害...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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松浦 修治(マツウラ シュウジ)
株式会社ハートビーツ サービスマネージャ/アライアンスマネージャ
JISTA(一般社団法人日本ITストラテジスト協会)理事グロービス経営大学院 MBA(経営学修士)修了。筑波大学第2学群日本語日本文化学類卒業。株式会社リクルートにて、人材事業のプロジェクトマネジメント、ITサービスマネジメントに16年従事...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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